4月25日 キジマル
ステラ様が去って、三善家は京子様ただ一人だけの城となった。
「京子様」
そんな京子様の元に戻る。京子様は私が去る前と変わらずにソファに座っていた。
「イヌマルは行ったのかい?」
「はい。ステラ様の元へ──」
「悪かったね。あんたも独りぼっちにさせてしまって」
「謝らないでください。私には京子様がいればそれでいい、イヌマルもそうだっただけですから」
京子様は力なく笑う。こんな京子様を見たことは京子様が生まれてから今日まで一度もなかったが、そうなってしまうくらいに追い詰められていることを私は京子様の式神として知っていた。
「京子様、私は京子様の傍にいます」
京子様の目の前まで歩いて、京子様の両手を両手で掬う。握り締め、京子様の体温を感じ、京子様に温もりを分ける。
「私だけは……京子様の傍にいます」
「当たり前だろう。キジマルはあたしの式神だ、他の誰にも奪わせはしないよ」
胸がきゅっと締めつけられた。主にそう思われている式神は幸せだ。私は誰よりも幸せな式神だ。だから、京子様にも幸せになってほしかった。私ではない他の誰かと幸せを見つけてほしかった。
「はい」
今はまだ、この城に閉じこもったままでいい。ここで泣いていてもいい。その涙を知る者は私だけでいい。他の誰にも奪わせない。
この城に似合わないインターホンが鳴る。私は背筋を伸ばし、俯く京子様の手を離す。
「貴方のことは──必ず、私が守ります」
踵を返した。廊下に出て扉を開けた。そこに立っていたのは、綿之瀬家の人間だった。
「……え」
綿之瀬家の人間だと思わなかった私は拍子抜けする。
「京子は?」
「いや、誰……」
「僕は綿之瀬風だよ」
「風、なんで」
気づけば京子様が背後にいた。
「ステラの件は誰にもバレていない。それを伝えに来たんだ」
「なら電話でも良かっただろう、風がここに来た時点で──」
「君の顔が見たかった」
京子様が言葉を切る。そうだ。昨日亡くなったのは風様の叔父。二人は大切な人を失ったばかりだった。
「いや、君が傷ついていなければいいんだ」
そう言った風様は京子様よりも傷ついていないように見える。傷ついていないように見せているだけなのかもしれないが、風様は心から京子様のことを気にかけていることだけは真実のように思えた。
「なん、で」
「いや、気にしないでくれ」
風様は頭を振る。止める暇もなく去っていく風様の背中はとても小さく見える。それを、京子様は見えなくなるまで眺めていた。