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百鬼戦乱舞 ―語草―  作者: 朝日菜
2016年
120/201

4月25日  ステラ・カートライト

 サルアキが死んだ。

 ワタノセゴドウさんも死んだ。


 〝クローン人間〟のわたしは、わたしが陽陰おういん町で暮らしている理由のすべてを失った。


 わたしはここにいていいの? わたしは必要とされているの?


 わたしを必要としてくれる人はどこにもいなくて、キョウコには──わたしのせいで辛い思いをしてほしくなかった。キョウコには自由になってほしかった。キョウコはわたしに、傷ついてほしくないと言った。



『──イギリスに帰る』



 この選択は間違っていない。わたしを唯一必要としてくれているイヌマルにはごめんねって思うけれど、わたしはもうこの町にいることはできない。


 朝早くから準備をして、電車を何度も何度も乗り継いで、最寄りの空港に来て、イヌマルと別れる。独りぼっちで空を飛んでいるととても怖くて、目を閉じて、不安に押し潰されそうになる。


 本当は嫌だった。離れ離れになりたくなかった。サルアキにも、おじさんにも、おばさんにも、遠くに行ってほしくなかった。イヌマルにはわたしの式神しきがみでいてほしかった。

 欲しいものはなかったけれど、失って初めて欲しいものがたくさんできた。何回お願いしてももう遅いのに。


 わたしのお願いで一番叶いそうなのは、イヌマルに関することだけかな。イヌマルにはまた新しい主を見つけて、幸せになってほしい。このお願いさえ叶わない世界ならば、わたしは多分イギリスに行っても笑顔になれない。わたしは多分、幸せになれない。


 初めて来たイギリスは、青かった。陽陰町の空と一緒で、だけど陽陰町と違って知らない人ばっかりで、わたしは〝外から来た人〟ではなかった。


 ──ドクンッ


「…………え?」


 今自分の体を駆け巡ったこの感覚はなんなのだろう。青い空を見上げて口を開く。


 落ちてきたのは──全身が真っ白な男の人、ここにいるはずのないイヌマルだった。


「主!」


 嬉しそうに笑うイヌマルが眩しくて、わたしのことをまだそう呼んでくれるのかと思って、まだ、わたしがイヌマルの主として生きることができることに気づく。


 本当に? 本当にいいの?


 本当は、たくさんお願いすれば叶うかなって思っていた。けれど、お願いしちゃ……口に出しちゃだめだと思っていた。

 いつの間にか笑顔になる。好きが溢れてくる。


「おかえりなさい」


 それ以外の言葉が出てこなかった。


 イヌマルはわたしの式神。他の誰にも渡さない。他の誰にも触らせない。わたしだけの大切な式神。


 死が二人を分かつまで、ずっと一緒にいてね。

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