4月24日 平塚チヨ子
お爺さんは山へ柴刈りに、お婆さんは川へ洗濯に。
私にはもうお爺さんがいない。どちらもする必要がないくらい生活も豊かになっている。
それでも、山にはたくさんの食材が眠っている。晴介の為に山に山菜を採りにいこう。そう思って出かけた日の朝に、見たことのない女の子と出逢った。
山に入ったら川の向こう側に行っては行けない。その先は妖怪が暮らす地だから、行ったら戻ってくることはできないから、そう言い聞かせられて育ってきた私だけど川の向こう側で泣いている女の子を放っておくことはできなかった。
「そんなところでどうしてそんなに泣いているの? お嬢さん」
晴介と同い年くらいだろうか。幼くないと晴介は言うけれど、私から見たら晴介も女の子もまだ子供だ。
目を見開いて私を見た女の子の瞳は綺麗な碧眼で、充血してしまっているのを見て、助けてあげなければと思った。
「は?!」
「貴方どこの子? この辺の子じゃないでしょう? 迷子なの?」
「迷っ……?!」
「危ないからこっちに来なさい。そっち側は妖怪が出るわよ」
女の子は一瞬だけ私を睨んだけれど、そう言った途端に言葉を失う。妖怪を知らないわけではないみたい。そっち側に出ることだけ知らなかったのかしら。
瞬間に川を飛び越えた女の子の雰囲気から、先ほどまであった刺々しさが消えている。眼鏡をかけていて真面目そうな雰囲気なのに、こんなにも萎らしい雰囲気なのに、私は思わず笑ってしまった。
「まぁまぁ、お転婆ねぇ」
「あっ、はい」
「私の家に来なさい。貴方ご飯は食べたの?」
「あ、これ……」
女の子が差し出したのは、見たことない形の刃物に刺された魚だった。
「まぁ! 美味しそうな鮎ねぇ! 塩焼きにしましょうか? ねぇ?」
「……は、はい」
女の子は私に大人しくついて来る。そして、すぐ傍に村があることに初めて気づいたような反応を見せた。
「貴方、本当にどこから来たの? お名前は?」
不思議な子。神隠しに遭っていたのかしら。
「……無名」
そう呟いた女の子の名前も不思議だった。
「無名……綺麗な名前ね」
「えっ」
無名ちゃんは驚くけれど心の底からそう思う。無名ということは名が無いということ。無名ちゃんには無限の可能性があるということ。
「戻ったよぉ」
「おかえりおばあちゃ……誰?!」
晴介が驚いて無名ちゃんを指差す。私は「無名ちゃんよ」と答える。晴介と話す無名ちゃんは、もう泣いていなかった。
私は無名ちゃんを助けることができたのかしら。