4月23日 阿狐衣良
葬儀に列席していたアリアと乾を確認して、生きていたことに安堵して、俺は俺のことを考えることができなかった。
「衣良」
「……伯母様」
陽陰町を襲った大災害から一日が経って、アパートに戻ってきた俺の元を訪れたのは阿狐家の現頭首だった。阿狐家は既に没落している。現頭首と呼ぶのはおかしいのかもしれないが、目の前に立っている伯母様は──他の《十八名家》の現頭首たちと並んでも見劣りしないほどのオーラを身に纏っていた。
「来なさい」
突然の来訪に驚いて声を出せないでいる俺の手首を握り締めて、伯母様は俺を引き摺り出す。
「えっ、どこに……」
「お前が知る必要はないよ」
その言い方が気になった。
「何故ですか」
阿狐家の人間は、他の家と比べて圧倒的に少ない。今回の大災害でほとんどの家の人間が半数以上死亡したらしいが、それでも、阿狐家の人間の数と比べたらまだまだ多い。
俺は数少ない阿狐家の人間で、それも伯母様の甥で、そんな風に雑に扱われるような人間ではないのに。……いや、数少ないからこそ分家と同じ態度なのかもしれないが。
「お前だからだよ」
伯母様の回答は想像通りだった。
俺たちはどこに向かって歩いているのだろう。住宅街を歩き、人気のない道を歩き、森の中へと手を引かれて足を止める。
「待ってください、そこは」
幼い頃から言い聞かされていた陽陰町の禁忌。森の中に入ってはならない、何があっても絶対に入ってはならない──それを今、その掟を定めた《十八名家》の一人である伯母様が破ろうとしているのを俺は止めなければならなかった。
「平気さ」
「平気って何が……」
瞬間に森の中から生まれた気配は、小学生くらいの女子のものだった。
「…………」
中学を卒業し、高校に行くことも就職することもなくフリーターとなることを選んだ俺は、その女子の存在が眩しかった。
アリアも、乾も、朔那も進学や就職はしなかった。だから俺は一人じゃない、そう思っていても未だに悩んでしまう自分の進路だったから、自由な女子が羨ましかった。
「頼さん、行きますよ」
「わかってるよ、ククリ」
二人の会話をどういう風に理解すれば良いのだろう。
俺たちは森の中に行く? 俺たちは死ぬ? 伯母様は何がしたい? 阿狐家が没落したのは──目の前にいる伯母様の代からだ。
「ッ!」
嫌な予感がした。逃げたかった。だが、伯母様は逃がしてくれなかった。
アリア。乾。朔那。ごめん。俺はやっぱり、こういう運命だったんだ。