4月22日 鴉貴輝司
馬鹿は嫌いだ。化物も嫌いだ。それが両方当て嵌っていたのは決して交わることのない世界で生きている、物理的な距離があまりにも近かった炎竜神炬で。
百鬼夜行が終わった時、たった一人で町役場の壁に寄りかかっていた男は高校を卒業してから一度も会っていなかった炬で。あまりにもいつも通りの表情で炬を見て──私は息を止めた。
炬にとって、この地獄は日常なのだと気づいてしまったから。
あまりにも何も知らないまま、あまりにも平和過ぎる世界で生きて。嫌いなものに守られて、生かされて、そんな自分自身が恥ずかしく思えて。伯母が蔵の中に八年も娘を閉じ込めていた事実を知った。
伯母の娘ということは、次期頭首で。半分妖怪の血を引いたバケモノで。鴉貴家の未来で。《十八名家》の未来でもあって。伯母の行いは大罪で。年不相応の従妹が不気味で。それでも、自分のこの命はそんな伯母に守られた命で。いつか従妹に守られる命で。そんなのは耐えられそうになくて唇を噛む。
「此度の件で我々は、かけがえのないものを失ってしまいました。それは命です。そして誇りです。もう二度とこのようなことがあってはならない、そう強く感じたのは我々だけではないでしょう。少なくとも我々はこのままで終わる気はありません。亡くなった頭首が跡取りの存在を秘匿していた件で鴉貴家の信用が地に落ちてしまったのは承知しております。ですが、だからこそ我々は行動に移したい。鴉貴家現頭首の名のもとに、《対妖怪迎撃部隊》──通称《カラス隊》を結成し、私が隊長に命じられたことを報告させていただきます」
たった二日で創られた《カラス隊》の初代隊長に母様が選ぼうとしていたのは、蒼生だった。
蒼生が隊長として表面だけでも命を懸けて戦えば、母親の罪を償ったことになる。妹がこれから戦わなければならない未来を少しでも良くすることができる。
そんな母様の思惑を知っていたのに、蒼生はその座を蹴った。母様は私にはさせたくないようだったが、私はその座に飛びついて、陰陽師を誘い、百鬼夜行の犠牲者を弔う葬儀の最中にそう宣言したことを後悔はしていない。
視線を巡らせると、端の方に座っていた炬と目が合った。いつも通りの真顔かと思ったが炬は面を食らった表情をしていて、お前と同じ場所に来たぞとつい背筋を伸ばす。
炬が相手にしているのは妖怪ではないが、町を守る者として交わることのない世界で生きているとはもう思わなかった。