4月20日 百妖心春
ぼくだけだった。ぼくだけがずっと、怯えて騒いで迷惑をかけていた。
「いやあああぁっ! いやっ、来ないで!」
そう言ってずっと、男の人を避けていた。
ぼくは悪い子。要らない子。こんな子になってごめんなさい。そう言ってお姉ちゃんたちの病室の前で泣いていたら、つば姉に手を引かれた。
「つば姉?!」
驚いて声を上げる。
「心春だって、怪我してるもんな」
「えっ、してないよ、してないから……」
だから余計に惨めになる。ぼくはお姉ちゃんたちの近くにいたのに、まったく力になれなかった。
「してる! 心におっきな傷があるから、アタシについて来て!」
つば姉はちょっとだけ泣きそうで、そうでなくてもつば姉の傍にいたくて、ぼくはつば姉について行く。
つば姉は妖目家の人に声をかけて、ぼくたちは妖目家の人に案内されて、ぼくたちは別の妖目家の人を紹介されて、その人がぼくの話を聞いてくれた。
たくさんたくさん話をした。大怪我を負って今でも目を覚ましていないお姉ちゃんたちには絶対に言えないことも話した。
それだけだけど、心が軽くなる。それだけだったのに涙が溢れて止まらなかった。
「頑張ったね、心春ちゃん」
「がんばってないです、お姉ちゃんたちの方ががんばって……」
「そのお姉さんたちが助けに来るまで、ずっと一人で待っていた心春ちゃんは偉いよ」
「ちが、えらくなんか……」
「心春ちゃんは頑張ったよ。頑張ったから傷ついちゃったんだよ」
「…………」
「心春ちゃんも、心春ちゃんのお姉さんも、頑張ったんだよ。偉かったよ。辛かったのに生きていてくれてありがとう」
「……はい」
口が裂けても言えないけれど、ぼくは死にたかった。死にたいくらいに辛かった。けれど。
『──生きて』
お医者さんの言葉で思い出した。あの時、百鬼夜行が終わった時のあの言葉がまた聞こえてくる。そうだ。ぼくたちは生きなくちゃいけないんだって。
「死ななければそれでいいんだよ」
お医者さんは自分の心臓があるところに手を当てた。その顔が今にも泣きそうな顔になっていて、この人も何かを失ったのだと思う。
「毎日毎日、死ななかったらそれでいいんだよ」
自分に言い聞かせているようにも聞こえた。
「死ななかったら……いい」
ぼくも自分に言い聞かせた。
「あの人たちの分まで生きようなんて思わなくていい。自分の人生は自分のものだから」
ぼくの家族は怪我をしたけど、死んでしまったわけでも死にそうでもない。
それだけは奇跡だった。