4月19日 小倉雷雲
百鬼夜行が終わった。毒々しい色をした世界に光が降り注いだ。その数時間後に降り注いだ雨は、土地神様が流した涙のように思えた。その雨は、この町に転がっているすべての亡骸を運び終わるその時を待っていたかのようだった。
私は町役場から抜け出して、自宅に隣接している風丸神社へと向かう。
土地神様の──カゼノマルノミコト様の声が聞こえていたわけではない。それでも誰かに呼ばれているような気がして、雨の中傘も差さずに歩き続けていた。
真っ赤な鳥居が視界に入る。石段を上ってすぐに視界に入ったのは、一糸纏わぬ姿で倒れていた少年だった。
「────」
駆け寄って、指先でその体に触れる。柔らかいが非常に冷たい。雨に打たれ続けたその少年を一刻も早く保護しなければ、数々の亡骸のように命を落としてしまうことが目に見えていた。
抱き上げて、少年の傘になり、少年の顔を初めて視界に入れる。光の粒が入っていないその目と目が合い、自分を呼んでいた者の正体を初めて知った。
この腕の中にいる少年は、土地神様だ。百鬼夜行で力を使い果たし、衰弱したカゼノマルノミコト様が、人間としてこの地に堕ちてきたのだ。
我が家の使命は土地神様を祭ること。その使命にこの少年を守ることを加えても、何も問題はないはずだ。千年以上前から存在する小倉家の末裔として、私はそうするべきなのだ。
少年を抱き上げたまま我が家へと向かう。温かな風呂に入れ、衣服を着せ、簡単な食事をとらせて、私を見つめる少年の深海色の瞳を見つめ返す。その瞳に吸い込まれそうになって、堕ちてきたとはいえ彼も神なのだと改めて思った。
この少年に──衰弱したカゼノマルノミコト様に神としての力を取り戻させることも、我が使命だ。
それまで人間として生きるならば、彼に名を与えなければならない。養子として周囲に紹介する準備もしなければならない。
「小倉、風丸」
カゼノマルノミコト様だからそう名づけた。それ以外の名前が思い浮かばなかった。
「…………」
風丸はそれが自分の名前だと気づいていない。風丸はまだ何も知らない。今この瞬間に食卓を囲めている幸せにも。今この瞬間に産まれてきたことにも。
「貴方は私が守りますから」
風丸の頬についていた米粒を取って、微笑む。すべてを奪われて空っぽになってしまった風丸は、その言葉の意味さえ知らなかった。
「だから、ずっとここにいてください」
願いを口にする。そうすれば叶うような気がした。