3月9日 鬼寺桜梅
星明は、私を見ても私を殺そうとしなかった。
「生きていたか」
百鬼夜行を生き抜いたという意味ではない。星明は私が叔父様に斬られたことを知っているらしい。大怪我を負った体は既に回復していて、この場で星明を殺すことは簡単なのだと自分自身に言い聞かせる。けど、私は母様の仇であり父様の《紅椿》を何事もなかったかのように所持している星明のことをどうしても殺すことができなかった。
母様も死んで、父様も死んで、清行も死んで、国成も死んで、曙も死んでいる。
私には星明しかいない。星明しか、家族と呼べる人はいない。星明まで失いたくなかった。母様のことを殺していても。父様の愛刀と自らの愛刀を叔父様と交換していても。星明は私の大切な人だった。
「梅」
名前を呼ばれる。名前を呼んでくれる人間も、私を化け物と呼ばない人間も、星明しかいないのだ。その事実を思うと悲しくなる。
これから誰かと関わろうとしても、百鬼夜行が起きた後だ。誰も私のことを受け入れてくれないだろう。私は血の繋がった家族の叔父様からも拒絶されている。
「母を失い、父を失い、乳母を失い、友を失ってもなお我々の為に力を貸してくれたこと、感謝する」
「なんだよその他人行儀な言い方……私は許せなかっただけだ。人々の平和を壊そうとする妖怪が」
けど、生きていてほしかった人々は私と星明を遺して死んでしまった。私は、何もできなかった私のことさえも許せなくなりそうだった。
「梅。感謝しているんだ」
「何回も言う必要はないだろう」
「産まれてきてくれたこともだ」
「……っ」
前に清行から聞かされていたことがある。星明が、人でもない鬼でもない私の誕生を喜ばなかったことを。
それを覚えていてほしいと清行が言ったのは、星明がどうこうということではない。大半の人間がそう思うだろうから、今星明に受け入れられていても忘れてはいけないと言ったのだ。
「おまえに新たな姓を与える」
「え」
「鬼寺桜梅。これからはそう名乗って生きろ」
「……わかった」
もう二度と間宮と名乗るな。星明は暗にそう言った。叔父様から認められず、自分で選んだ道はそういう道だった。
「一つだけ、約束してくれないか」
星明がそう言うのは珍しくて、その内容がとてつもなく重いものであることを察する。
「この地に再び百鬼夜行が引き起こされる時、その時も力を貸してほしいんだ」
申し訳なさそうな星明の表情に、腹を立てる。
「守るよ。約束がなくても──」