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ふたりの自殺未来  作者: 広瀬翔之介
第6章
25/33

26歳になった君へ

改稿箇所


・文法の修正

 渚は赤いリュックサックを地面に下ろし、中から太いロープを取り出した。


「結局、オードソックスな首吊りになっちゃったね」


 少し残念そうに呟く。


「あの木を使おうか」


 渚は正面に見える木を指差した。枝が太く頑丈そうで、木の裏手側には岩盤の段差があった。ここなら、枝と首をロープで結んだ後に岩盤から飛び降りれば、首を吊ることができそうだ。


「成君、おいで」


 そう言って、ロープを持ったまま岩盤によじ登る。


 成は歩くことと喋ることに気を取られて、死ぬことについて具体的に考えていなかった。そういえば「死ぬ方法は樹海を歩きながら考える」というようなことを言った気もするが、それについても考えていなかった。



 俺は今から()()()死ぬのだろうか。



 渚は岩盤から木へよじ登って枝にロープを結び、木から降りた。


「何してんのー? はやくー」


 再び成を呼んだ。仕方がないので成も岩盤に登った。


「オムツは履いてる?」


 渚が悪戯っぽく訊くと、成は首を横に振った。


「じゃあ今朝のおにぎりが出てきちゃうけど、仕方ないか。森の養分になるから良いよね」


 そう言って笑ったが、成は上手く笑えなかった。


「ちょっとそこに立って」


 成を適当な位置に立たせると、枝に結んであるロープを成の首のあたりまで引っ張り、その位置で輪の形を作った。あとは輪を首に引っ掛けて岩盤から降りれば、全てが終わる。


「はい」


 まるでテレビのリモコンを手渡すかのように、ロープを成の手の上に置いた。ロープを握った成はそのまま動けなくなってしまった。


「どうしたの?」


 成の顔を覗き込む。成は額に汗を掻いていた。


「やっぱり、こうなっちゃうか」


 成の手からロープを取った。


「そしたら、成君が安心して逝けるように、私が送辞を送りたいと思います」

「まるで卒業式だな」


 成はやっとのことで言葉を発した。


「卒業式だよ。人生のね」


 渚はわざとらしく咳払いをした。


「えー、まずはですね。この場に成君のご両親がいらっしゃらないので、私が代わりにご両親からの言葉を送ります。その前に」


 渚は成の胸のあたりを軽く叩いた。


「成君ったら酷いよね。人生の思い出に、親が全く出て来ないんだもん」


 言われてみればそうだった。特に意識したわけではないが、親の話はしなかった。


 それにしてもだ、と成は思った。



 ケイトの話によれば、渚は認知症の母親を死なせようとしているはずだ。なのに、なぜ今更になって親を気遣うようなことを言うのだろう。ケイトが話した渚と、今目の前にいる渚が上手く重ならない。



 成にはわけが分からなかったが、渚は話を続けた。


「まあ、もう少し長く生きれば親の想いも分かったんだろうけど」

「ごめん」


 成はなぜか渚に謝り、キオが車に撥ねられた後に渚が話した言葉を思い出した。


 人の命に意味や価値を与えるのは人の心だと渚は言った。たとえ本人が生きることを望まなくても、誰かが想ってくれるのなら、その命に意味はあるのだと。



 どうして渚はあの時、あんなことを話したのだろう。俺は生まれて来たことに感謝なんかしていなかったのに。最初から存在しなくても良かったと思っているのに。



「大丈夫、君の命には意味があったよ」


 渚はまるで成の心を見透かしたかのように言った。


 成はハッとしたが、何も言えずに目を伏せる。


「それじゃあ、ご両親の言葉を贈るね。成君」


 渚が成の目を見た。


 成も渚の目を見た。


「生まれて来てくれて、ありがとう」


 そう言って、渚はロープの輪を成の頭上からゆっくり下ろし、首の部分まで通した。まるで、花嫁のベールをめくる新郎のような優しい手つきで。


 首にロープのザラザラとした感触が伝わる。


「長い間、お疲れさまでした」


 それが引き金となり、成の感情が一気に溢れ出した。



 違う、俺が言ってほしいのはそんな言葉じゃない。



 成はそう思っていることに気付いてしまった。もうこんなことはやめよう、そう言ってもらえることを願ってしまった。



 結局、俺には死ぬ勇気なんてなかったんだ。

 自殺サイトに書き込んでる奴らを馬鹿にしていたけど、俺も同類だったんだ。

 ただ、死ぬのは怖くないってカッコつけてただけなんだ。

 現実から逃げ出す理由を渚のせいにしてただけなんだ。

 渚と出会って、あいつに協力してやるかと偉そうに思ったけど、俺は結局渚とただ一緒にいたかっただけなんだ。

 俺は渚に必要とされたいんだ。

 両親じゃなくて、渚なんだ。

 それは理屈じゃないんだ。



 さまざまな想いが浮かんでは消えていった。


「成君、一つ大切なことを言い忘れてた」


 渚は胸に手をあて、成を見つめた。成は体が震え、今にも泣きそうになっていた。


「これが最後の言葉だよ」



「成君、お誕生日おめでとう」



 渚は一筋だけ涙を零していた。そして、渚自身もそれに気付いていなかった。


 ああ、お前も涙を流せるんだな、と成は少し意外に思う。


 同時に、今から死んでいく人間の誕生日の何がめでたいんだろう、とも思った。


 渚の涙と言葉が、成の心に沁み込んでいく。


 すると、不思議なことに諦めがついた。キオもこんな気持ちだったのだろうか。



 渚は、俺が二十六歳の誕生日に自殺をすれば、自分の物語を完成させることができると言っていた。

 どうせこのまま生きていても渚には必要とされない。

 それならお前のために、俺がお前の物語に成るよ。



 成は渚の肩を叩いて言った。


「夢が叶わなかったら、承知しねーからな」


 渚は驚いて目を見開いた。


 次の瞬間、成は岩盤から飛び降りた。体が宙に浮かび、ロープが容赦なく首を締め上げた。

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