お泊り×過保護×豆腐
※伊月たちの学年を三年から二年に訂正しました。
シリアスっぽい話が続いたので、息抜きに甘めな話です。
背中と頭の下に回された腕。
目の前には胸板。
恐る恐る顔を上げると、気持ちよさそうな初ちゃんの寝顔。
恥ずかしくて距離を開けようとすると、余計に引き寄せられてしまう。
みなさん、こんばんは。片桐伊月です。
今、私は初ちゃんのベッドの上で、初ちゃんと一緒に寝ています。
絶対、今の私の顔真っ赤だ……。
えっと、どうしてこうなったかというと。
話はちょっと遡ります。
◆◇◆◇◆
秋も深まり、肌寒さが増してきたこの頃。
今日も今日とて、初ちゃんと私は一緒に下校していた。
やっとギクシャクせずに手を繋げるようになりました!
「そういや、おばさんたち今日はいないんだっけ?」
「うん、知り合いの結婚式があって、今日は向こうに泊まって、明日の夜に帰ってくるって」
「そっか……。一人で大丈夫か?」
「さすがに留守番くらいできるよ!」
中学の頃は一人でいるのが怖くて、初ちゃんちに泊めてもらったりしたけど、さすがにもう大丈夫。
初ちゃんは心配そうな目で見てくるけど、大丈夫だもん! ……多分。
「それじゃあ、またね!」
家の前に着き、初ちゃんにそう言った後、鞄を漁って鍵を取り出、す……。
あ、あれ……?
「? どうした、伊月?」
いつも家に入るのを見届けてくれる初ちゃんが、フリーズしてしまった私に声を掛ける。
その怪訝そうな声に、ギギギ、と音がしそうな動作で振り向く。
「鍵、家に忘れた……」
ぷるぷると涙目になっている私を、初ちゃんが慌てて慰めてくれた。
頭を撫でられる。これはとっても落ち着く。
「じゃあ、俺の家に泊まるか? 今日と土日は母さんたちもいるし」
「うん……」
お言葉に甘えて、初ちゃんの家に泊まることにした。
肩を落としている私の頭をぽんぽんしながら、初ちゃんが鍵を開ける。
「ただいまー」
「お、お邪魔します」
シーンと静まり返る室内に、私と初ちゃんは顔を見合わせる。
人がいる感じもしないし、一体どうしたんだろう?
首を傾げながらリビングに入ると、テーブルの上に置手紙が置いてあった。
『初へ
今日から二日間、お父さんと旅行に行ってきます。
前にね、商店街の福引が当たったの。二泊三日の温泉旅行。
すっかり伝え忘れちゃってたわ、ごめんね。
晩ご飯は冷蔵庫に入れてあるから、それを食べてね。
その他のご飯代は、ここに置いておきます。
母より』
以上のことが書いてあった。
おばさん、うっかりなとこあるからなぁ……。そう思っていると、ふとあることに思い至った。
え? おばさんとおじさんがいないってことは……。
初ちゃんと二人きりって、こと、だよね……?
再びギギギ、と音がしそうな感じで初ちゃんの方を見ると、初ちゃんも同じような動作でこっちを向いた。
「「…………」」
沈黙が痛い!
な、何か言わないと……。
「えっと、あの、その」
「悪い、伊月。まさか旅行の日程を聞かされないとは俺も思わなかった。
ったく、母さんは……。とにかく、夕飯をどうするかだな」
そう言って、てきぱきと冷蔵庫を確認する。
全然戸惑ってない。さすが初ちゃん!
どうやら晩ご飯は多めに作ってあったみたいで、二人分で足りるだろうとのことだった。
何か申し訳ない……。今度料理をご馳走しよう、と決めた。
部屋は客間が空いてるのでそこを使って構わないと言われた。
服は無いので、初ちゃんのを借りることになった。
夕飯を食べた後は、二人で後片付けをした。
おばさんの料理はとてもおいしかったです。
シャワーは先に初ちゃんに浴びてもらった。
「俺は後でも良い」と言ってくれたけど、私の入った後に初ちゃんが入るって言うのは恥ずかしいので丁重にお断りした。
シャワーを浴びた後、初ちゃんが貸してくれた服に腕を通す。
比較的小さめな物とはいえ、やっぱりだぼだぼだ。
服から初ちゃんの匂いがして、その、ドキドキする。って、袖に鼻を付けて匂いを嗅いでどうする!
……初ちゃんの匂いは、安心するけど、ドキドキする。
あぁ、そうだ。こんなことしてる場合じゃない。
初ちゃんにシャワーありがとうって言わないと。確か、部屋にいるって言ってたよね。
初ちゃんの部屋のドアをノックしたけど、返事が無い。
「初ちゃん? 入るよ?」
声を掛けながら、ゆっくりドアを開ける。
電気はついてない。月明かりが窓から入ってきている。
初ちゃん、面倒だからって電気つけない癖あるもんね。
そう思いながら、初ちゃんの姿を探すと、ベッドに横になっていた。
どうやら寝てしまったらしい。
そっと近づいて、顔を覗き込む。
初ちゃんの寝顔見ることなんて滅多に無いからね!
いつもの初ちゃんはかっこいいけど、寝てる時の初ちゃんはあどけない感じがする。
「っくち」
初ちゃんの寝顔を鑑賞していると、くしゃみが出てしまった。
「ん……」
初ちゃんがうっすら目を開く。まだちょっと寝ぼけてるみたいだ。
「ごめん、初ちゃん。起こしちゃって……」
「いつき……?」
寝ぼけてるのか、若干舌足らずになってる。可愛い!
じゃなくて、これ以上は邪魔になっちゃうし、私も寝ないと。
「起こしてごめんね? 私ももう寝る、ねっ!?」
ぐいっ、と腕を引かれ、ベッドに倒れ込んでしまう。
あわわわわ、となっている私をよそに、初ちゃんは左腕に私の頭を乗せ、布団をかけてくれた。
右腕は背中に回され、初ちゃんに引き寄せられる。
◆◇◆◇◆
そして、現在に至る。
思考停止に陥りかけていた状態から、何とか復活した私は、慌てて初ちゃんに声を掛ける。
「う、うう初ちゃん!?」
「風邪、引くから……」
風邪引くから、早く温まれってこと!?
いや、それよりも私の心臓がもたない!!
離れようとすると、初ちゃんの腕がさらに力を込めて引き寄せられてしまう。
「う、初ちゃん、私客間に行くから、は、離して……」
「……いつき」
初ちゃんの顔がつむじの辺りにあるのが分かる。
その、と、吐息が……。
「すき……」
その声を最後に、初ちゃんの規則正しい寝息が聞こえてくる。
私、絶対人に顔を見せられないです。真っ赤になってるっていうのもあるけど、にやけが治まらない、です……。
ちょっと、顔を上げてみると、思ったよりも近くに初ちゃんの顔があった。
「私も、初ちゃんのこと好きだよ」
小声でそう言ってみる。
さらに恥ずかしくなって、すぐ下を向いちゃったけど。
心臓の音がうるさいし、速い。
でも、初ちゃんの心音を聞いているうちにうとうとしてきた。
――おやすみなさい、初ちゃん。
◆◇◆◇◆
朝起きると、腕の中に柔らかいものがあった。
柔らかくて、温かくて、いい匂いで。
思わず抱きしめると、聞き覚えのある声が聞こえた。
目を開けて、その柔らかいものを確かめる。
「!!!!???」
腕の中にいたのは伊月だった。
俺の服を着て、幸せそうに寝ている伊月。
服が大きいせいか、肩も少しずり落ちそうになっている。
ばっと目を背ける。
これは毒だ。いや、至福だけど毒だ。
理性に渾身の右ストレートが決められた気分だ。マズい。色々とマズい。
恐る恐る目線を戻すと、未だ伊月は眠っている。というか、伊月は何でここにいるんんだ。
昨日一体何が……。落ち着け、順を追って思い出せ、俺。
確か、シャワーを浴びた後、伊月に次の日着る服を用意しておこうと思って、部屋に入って。
服を選んだ後、伊月が家にいて、二人きりだって状況を改めて実感して。
悶絶しそうになって、落ち着こうとベッドに座って。
ここから記憶が無い。つまり、そのまま寝たのか、俺は?
でも、何で伊月がここに……。
あ、そういえば、伊月が寒そうにしてたから布団に入れなきゃっていう夢を見たような気が……。
って、まさか、あれ夢じゃなかったのか?
え、じゃあ、俺が伊月を引っ張り込んだってこと……?
ビシッと固まってしまった俺の腕の中で、伊月が身じろぎをして、ゆっくりと目を開ける。
「うーん……。あ、初ちゃん、おはよう」
「お、おはよう……」
へにゃりと笑う伊月に、引きつりながら返事をする。
「伊月、その、えっと……悪かった!」
起き上がって、頭を下げる。
伊月はきょとんとしているようだ。
「ベッドにいきなり引っ張りこむとか、最低だろ……。ホントにごめん」
穴があったら入りたい。つーかそのまま埋めてほしい。
しかし、起き上がった伊月は、もじもじしながら言った。
「その、恥ずかしかったけど、嬉しかったっていうか、何て言うか……」
真っ赤な顔で目をそらしながら言う。
あぁ、本当に伊月は可愛い。
「えっと、でも、驚いたけど、ドキドキして、それで、初ちゃんって、筋肉あるんだな、とか思って、あったかくて、かっこよくて……」
言葉が支離滅裂になり始める。
あ、これはマズい。
そう思った直後のこと。
ぷしゅうぅぅ……。
効果音をつけるなら、そんな感じだろう。
伊月は顔を真っ赤にして停止してしまった。
可愛い、と言うより、これは……。
そっと伊月の頬に手を当てる。
ゆっくりと顔を近づけて、もうすぐ――――。
「伊月!!?」
というところで、伊月の脳がオーバーヒートしたらしい。
くたり、と倒れてしまった。
これは無茶しすぎたか……。
とりあえず、リビングに連れて行って、冷えピタでも貼っておくか……。
伊月を抱き上げて、その顔を覗き込む。
前は可愛い、と思っていた。
だけど、今の気持ちは……。
――愛おしい、だな。
そっと頬にキスをする。
伊月の顔も赤いが、俺の顔も大分赤いんだろうな……。
「大好きだよ、伊月」
その言葉に、伊月はふにゃりと笑った。
次で最終話になります。
そして例の如く更新日は不明です。