悪役のはずの彼女のメンタル強度は絹ごし豆腐以下
美亜視点です。
私の前世はつまらないものだった。
生まれたときから重い病に罹っていた私は、ずっとベッドの上にいた。
医者からは二十歳まで生きることはできないと言われ、学校もほとんど休んでいた。
そんな私の唯一の楽しみがゲーム。
ゲームの世界は、私に現実を忘れさせてくれた。
ゲームをしている時だけが、楽しかった。
特にハマったのが、『彩れ!学園恋模様』という乙女ゲーム。
胸がきゅんきゅんするシナリオに、かっこいい攻略対象。
誰からも愛される主人公。
私を虐める悪役がいても、彼らが助けてくれる。甘い言葉を囁いてくれる。
私はゲームをやり込んで、全てのルートを攻略した。
ーーー本当にこの世界があればいいのに。
毎日そう考えた。
どうか、生まれ変わったらヒロインになれますように。
最期に私はそう願った。
そしてーーーーー
◆◇◆◇◆
私は、あの『彩れ!学園恋模様』のヒロイン、越前美亜に生まれ変わった。
きっと、神様が願いを叶えてくれたんだ。
これで、私は幸せになれる。
かっこいい男の子に囲まれて、みんなに愛される。
この世界は越前美亜のためにあるんだもの。そうなるのが当たり前。
狙うのはみんなから愛される逆ハールート。
失敗なんてしない。
そのはずだった。
全てのルートを攻略した私にとって攻略対象の好感度を上げていくのは容易いことで、すぐに逆ハーができた。うるさいファンクラブもいたけど、攻略対象も全部追い払ってくれた。
好感度を上げるために役に立ってくれてありがとう、モブさんたち。
でも、問題もあった。
小鳥遊初が攻略できない。
悪役の片桐伊月が虐めてこない。
初との遭遇イベントは起こしたのに、その後のイベントが起こらない。近づこうとすると避けられる。
片桐伊月に至っては、ほとんど校内で見かけない。
目立ちたがりで自分が一番だと思ってる片桐伊月は、転入してすぐ目立ってる私に嫉妬するはずなのに。
そんな状況が続いてイライラしていたある日の昼休、私は廊下で初を見つけた。
これって、確かイベントよね?
お昼ご飯を持ってこない初をヒロインが叱って、お弁当を作ってくるようになるっていう内容だったはず。
あぁ、やっと初の攻略が進むのね!
浮き足立った気持ちで初に近づく。
「悪い、待たせたー」
私の足を止めさせたのは、初の周りをうろちょろしてるモブだった。
モブのくせにヒロインの邪魔をするなんて!
イライラする私を余所に、二人は会話を続ける。
「遅い」
「ごめんって。購買混んでてさ。
小鳥遊は昼飯買わなくてよかったのか?」
「伊月が弁当を作ってくれてるからな」
初の言葉に、頭の中でシュミレートしていたシナリオが止まる。
「ホントお前ら付き合ってないの?」
「まだ、な」
「え、ちょ、何赤くなってんの。照れてんの・・・いたたたたすいません許して頭掴まないで!」
赤くなった顔。
それはヒロインにだけ見せるものでしょう?
愛されていなかった自分に愛を与えてくれたヒロインに見せるもの。
それをどうして、私に向けないの?
あぁ、そうか。
全部、片桐伊月が悪いんだ。
シナリオ通りに動かないから。
シナリオにない動きをするから。
「シナリオを、元に戻さなきゃ」
そうしなければ、幸せになれない。
噂はすぐに広まった。
片桐伊月は越前美亜を虐めてる。
悪口を言う。
持ち物を隠す。
暴力を振るう。
片桐伊月はやらなかったこと。
片桐伊月がやったこと。
生徒会のみんなは全部信じてくれた。これでシナリオが元に戻ったはず。
初もこれで私のところに来てくれる。これで幸せになれる。
なのに、どうして。
「伊月を泣かせやがって、ふざけんじゃねぇよテメェら」
初が庇うのは片桐伊月。
初が睨むのは私。
「会長、アンタら生徒会はリコールだ。既に全校生徒の四分の三以上の署名と後任の候補は用意できてる。
呆れたよ、アンタら以外の全生徒が署名した。
後、越前。いじめは自作自演だったっつー証拠も揃えてるぜ。噂流したのもテメェだな」
どうして。
その思いが口をついて出る。
「何で、何で失敗したのよ……!
セリフは全部完璧だったのに……!」
いや、違う。
最初からおかしいところはあった。
「おかしいわ、小鳥遊初は金髪だったはず。しかも何で悪役の片桐伊月を庇ってんの?
一匹狼のミステリアスな不良っていうのが彼のキャラでしょ?」
そうだ、小鳥遊初はそういうキャラだ。
黒髪じゃないし、誰かと仲良くなんてしない。
「初ちゃんが金髪じゃないのって、私のせいだよね……」
「あれは、母さんが勝手に……!俺がしたくてしたわけじゃ……!」
片桐伊月がポツリと漏らした言葉に、私は全てを知り、怒りが溢れた。
コイツが!
コイツのせいで全部 ……!
「アンタがストーリーを歪めたのね!この、バグが!
アンタがシナリオ通りにやらないからこんなことになったのよ!!
悪役は悪役らしく私の踏み台になりなさいよ!!!
初ルートがアンタのせいでクリアできなかったじゃない!!!!!」
お前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいで!!!!!
「死ね!バグ女!!!」
バグが消えないと、幸せになれない!!!
「伊月!」
初が片桐伊月の名前を呼んで、私を抑える。
何で止めるんだ。
私ならちゃんと愛せるのに。
どうして受け入れないの。
「ふざけんな!誰にも愛されなくて寂しいとか言ってたくせに、私を拒絶しやがって!」
パンッ。
乾いた音が響く。
頬が痛い。
顔を戻すと、片桐伊月が強く私を見つめていた。
「初ちゃんは、誰にも愛されてないわけないです。
おじさまやおばさま、学園の人に愛されてます。
第一、私が初ちゃんを愛してます。だから、勝手なこと言わないでください」
叩いちゃってごめんなさい、と頭を下げる片桐伊月。
その言葉に呆然としていると、教師たちに連れて行かれた。
どうして?
この世界は、私のためにあるんじゃないの?
私は幸せになるためにこの世界に生まれ変わったんじゃないの?
誰か、教えてーーーーー
◆◇◆◇◆
何もない部屋に連れてこられ、半年程経った。最初はシナリオがバグったと暴れていたが、泣きながら、時に厳しい言葉をかける両親を見て、
私は受け入れ始めた。
この世界は、ゲームじゃないんだ、と。
私は、越前美亜ではなく越前美亜なのだ、と。
ゆっくりではあったが、私は現実を受け入れていった。
罪悪感と自己嫌悪で胸が張り裂けそうだった。
私は幸せだったのだ。
それに気づこうとしなかっただけで。
謝りたい。でも、きっと謝ることさえ許されない。
ごめんなさい。
独りきりの部屋の中で、そう言い続けることしかできない。
私に、幸せになる資格なんてない。
面会室で、私はある人物と向かい合っていた。
私に面会を求めたのは生徒会長だった。
罵倒されるのだろうか。
当たり前だ。彼らを騙していたようなものなのだから。
覚悟をして、口を開く。
「賢斗、先輩……」
「久しぶり、今日は、話したいことがあってここにきたんだ」
優しい笑顔のまま、賢斗先輩が話し始める。
今までのこと。
現在のこと。
未来のこと。
話し続ける先輩は、以前のような強引さがなく、私に何か言うこともなかった。責めることもなかった。
先輩の真意を掴めずにいると、先輩が真剣な顔になった。
「片桐に、謝った」
ひゅっと息を飲む。
「許された訳じゃないけどな。本来なら、謝ることもできなかっただろう」
何も言葉は出ない。
「美亜」
あの時と変わらないその声に、心のどこかで安心する自分がいた。
「お前のこと、教えてくれないか」
「私、の……?」
「あぁ。本当の美亜のこと」
優しい眼差し。
「どうして……?」
「美亜が好きだから」
先輩が言った言葉に、涙がこぼれた。
幸せになる資格はないと思っていた。
でも、その言葉は私を幸せにした。
いいのだろうか、少し、ほんの少しだけ幸せになっても。
でも。
「謝らないと……」
「あぁ、一緒に謝ろう。
今は無理だとしても、いつか必ず。
それまで、返事はいらないから」
涙が次々と零れる。
ごめんなさい、ごめんなさいと言い続ける私の背を、先輩は静かに撫で続けた。
後、二話で完結します。