悪者だと思っていたあの子のメンタル強度は木綿豆腐
元会長視点です。
卒業式の日。
俺は最後まで思い出を作ろうと騒ぐ生徒たちの間を縫って、教室を後にした。
何人か声をかけてくれたヤツがいたが、丁重に断る。グラウンド横の茂み。
そこに足を運んだ俺は、今までのことを思い出していた。
◆◇◆◇◆
アイツ―――越前美亜と初めて会ったのは、グラウンド横の茂みだった。
ごそごそと何かを探す彼女の姿を、廊下から見つけ、俺は彼女のところへ行った。
最初は単なる興味だった。
変なヤツがいる。
ちょっとからかってやろう。
そう思っていた。
それが、いつの間にか『恋』に変わっていた。
恥ずかしそうな笑顔。
柔らかく優しい声。
俺を癒してくれる言葉。
全てが愛おしかった。
美亜はみんなから好かれていた。
それは誇らしいことでもあったし、苛立たしいことでもあった。
ライバルは多い。出し抜かれないよう、いつも美亜の側にいた。
生徒会の仕事なんて、どうでもよかった。
ただ、美亜の側にいたかった。
俺を想う人たちの言葉も、耳に入らなかった。
美亜が虐められていると知った時は、怒りが頭を支配した。
美亜が苦しんでいることに気付けなかった自分にも、虐めているヤツにも。そして、俺たちは片桐伊月を糾弾した。
俺たちが正しいのだと、美亜が正しいのだと思い込んで。
しかし、突きつけられたのは美亜の嘘と真実だった。
その後、美亜は学校から姿を消し、俺たちはリコールされた。
両親は俺のしたことに激怒した。
絶対に、転校はさせないと言われた。そこで自分たちが何をしでかしたか見届けろ、とも。
最初はふざけるな、と反抗した。
だが、いつもは温和な母が怒鳴り、冷静な父の目が赤くなっているのを見て、スッと何かが冷えた。
学園生活は、冷たい失望に晒される日々だった。
今までのように寄ってくる者は誰もいない。
他の役員たちは美亜のせいだ、と声高に叫んだ。
しかし、冷え切っていた俺の頭は違う、と考えていた。
確かに美亜は嘘をついた。
だが、美亜のところにいたいと望んだのは俺たちで、仕事を放棄し続けたのも俺たちだ。
美亜のせいではない。
紛れもなく、自分で招いた結果なのだ。
一か月、二か月と過ぎる内に、役員たちの声は小さくなっていった。
学校に来なくなる者、転校する者が出てきた。
俺は最後まで残り続けた。
逃げることは許されない。
そう思っていた。
それに、俺にはまだやらなきゃならないことがある。
「本当にすまなかった」
集まった生徒たちに頭を下げる。
彼女たちは、俺の元ファンクラブだった生徒だ。
手伝ってくれた彼女たちに、俺は酷い言葉を投げつけ、切り捨てた。
許されなくてもいい。
許されなくて当然だ。
独りよがりな思いなのだろう。
それでも、謝りたかった。
「……私たちは、あなたのことが好きでした」
代表だった生徒が呟く。
「好き、だったんです」
そう言って、彼女たちは去って行った。
後姿を見て、俺は愛されていたんだ、と気付いた。
それはもう、遅いのだけれど。
それからも、色々なところに謝りに行った。
部活動だったり、委員会だったり、教師だったり。
もういい、と言う人もいたし、馬鹿にされることもあった。
新生徒会の古賀は、「それよりも、片桐さんに謝るべきでしょう。ま、アイツが止めるでしょうけど」と言った。
勿論、謝ろうとは、思っていた。
だが、片桐の隣にはいつも小鳥遊がいた。
小鳥遊は、俺に気付くとすぐに片桐を体で隠し、俺を睨んだ。
その目は強すぎるほどの拒絶が宿っていて、俺は何も言えなかった。
何度謝ろうとしても、その目は俺を黙らせた。
◆◇◆◇◆
そうして、謝らないままここまで来てしまった。
溜息をついて、校門へ向かう。
結局、俺は最後まで逃げるのか。
情けない。
そう思って歩き出したが、玄関から聞こえた声に足を止める。
「初ちゃーん、早く―」
片桐、だった。
それに気付いた瞬間、俺の体が勝手に動いた。
「片桐ッ……!」
切れ切れの声に振り向く片桐の返事を待たず、頭を下げる。
「あの時、は、本当に……本当に、すまなかった……」
ずっと言えなかった言葉を伝える。
「もう、いいんです」
片桐の声が降ってくる。
「あの時、怖かったですけど、初ちゃんが助けてくれましたから。
だから、もう気にしてません」
「そういうことだ、元会長。
さっさと帰れ」
小鳥遊がやってきたらしい。
顔を上げると、片桐の横で俺を睨む姿が見えた。
しかし、その目には以前のように強い拒絶は無い。
「小鳥遊も、すまなかった」
再び頭を下げた俺に、小鳥遊が溜息をついて言った。
「正直、アンタも逃げ出すか非を認めないと思ってました。
……伊月が良いって言うなら、それで構いません」
そう言って、小鳥遊は片桐をつれて帰って行った。
美亜に、会いに行こうと思う。
あれから、ずっと考えていた。
それでも、俺の気持ちは変わらなかった。
美亜が好きだ。
それを、伝えたい。
助けになるなら、助けたい。
理由はどうあれ、美亜は俺を救ってくれたのだから。
会いに行こう。
その思いを胸に、俺は三年間過ごした学校を後にした。