俺の可愛い幼馴染のメンタル強度は絹ごし豆腐以下 後編
伊月が噂を知って一週間が経った日の昼休み。
伊月と昼ご飯を食べたかったのに、いつものように署名を整理する羽目になった俺のところに、昼飯を買いに行ったはずの古賀が駆け込んできた。
手ぶらだがサボってたのかコイツ?
「小鳥遊!片桐さんが―――」
「伊月がどうした!? 転んで怪我したのか? 風邪がぶり返したか? 寂しくて泣いてるのか?」
伊月の名前が出た瞬間、椅子を蹴倒し古賀に近づいた。
胸ぐらを掴み、がくがくと揺する。
「教室、で、か、会長たちに囲まれて……ちょ、揺らすな、酔う……」
「あのアホ共……!」
古賀から手を離し、教室へ急ぐ。
ぐえっと床に落ちたが知らん!
「 伊月いいいいいい!!!!!!」
教室に駆け込むと、伊月が生徒会に囲まれていた。恐怖のあまり、顔面蒼白で表情が固まってる。
伊月に近づく途中で何か吹っ飛ばしたが、それより伊月だ!
俺を見ると、安心したのか泣きながら抱きついてきた。
頭を撫でながら、ごめんな、と謝る。教師の手伝いなんざやらなきゃよかった。
やっぱり古賀にやらせよう。
「わた、わだし、なにもじてない、のに、にらまれで、こわぐて」
伊月、鼻水出てる。そんな伊月も可愛い!鼻水つけられても俺は気にしないぞ。
勿論、何もしてないことも分かってる。
そう言った瞬間、越前が騒ぎ出した。怯えてしまった伊月を背中に庇い、アホ共に向き直る。
「あ゛ぁ?うちの可愛い伊月がんな真似するわけねぇだろ、頭沸いてんのかテメェ」
「貴様、美亜に何てことを―――」
「黙ってろ色ボケ会長。大体な、伊月は怖がりなんだ。保育園の昼寝の時間、怖い夢を見たって泣いて俺の布団に入ってきたり、小学校の頃、学習発表会でシンデレラの継姉役をやった時も、終わった後で罪悪感に押しつぶされ号泣し、中学の修学旅行で道に迷って俺を泣きながら探し、あの馬鹿げた噂が流れたのを知った日には、帰宅後俺のところに来てずっと泣いてた。
伊達に絹ごし豆腐以下のメンタルじゃないんだぞ、伊月は」
伊月が縮こまっている。恥ずかしいのだろう。
だが安心しろ。全部可愛かった。
「そんな伊月を泣かせやがって、ふざけんじゃねぇよテメェら」
思わず低くなってしまった声に反応したのか、伊月がきゅっと腕を握った。
危ない危ない、我を忘れかけて伊月を怖がらせるところだった。
伊月に大丈夫、と笑いかけ、アホどもに告げる。
「会長、アンタら生徒会はリコールだ。既に全校生徒の四分の三以上の署名と後任の候補は用意できてる。
呆れたよ、アンタら以外の全生徒が署名した。
後、越前。いじめは自作自演だったっつー証拠も揃えてるぜ。噂流したのもテメェだな」
アホどもが騒ぎ出したせいで、また伊月が怯えちまった。頭を撫でてやる。可愛い。
「何で、何で失敗したのよ……!
セリフは全部完璧だったのに……!」
越前が何か言ってやがる。
セリフ?
またおかしなこと言いやがって。
ゲームか?
「おかしいわ、小鳥遊初は金髪だったはず。しかも何で悪役の片桐伊月を庇ってんの?
一匹狼のミステリアスな不良っていうのが彼のキャラでしょ?」
悪役?キャラ?
あー、でも、金髪は……。
「初ちゃんが金髪じゃないのって、私のせいだよね……」
「あれは、母さんが勝手に……! 俺がしたくてしたわけじゃ……!」
俺は一度髪を染めたことがある。高校入学前の休みの時に、母さんに無理やり染められたのだ。
で、伊月に見せたら長い沈黙の後、大泣きされた。あの時は死ぬほどショックだった。
勿論即刻黒染めした。
僅か一日の出来事である。
俺と伊月、後それぞれの家族くらいしか知らないのに何でコイツが知ってんだ?
「アンタがストーリーを歪めたのね! この、バグが!
アンタがシナリオ通りにやらないからこんなことになったのよ!!
悪役は悪役らしく私の踏み台になりなさいよ!!!
初ルートがアンタのせいでクリアできなかったじゃない!!!!!」
ストーリー? バグ? シナリオ?
ホント何言ってんだ?
だが、伊月が危険なことだけは分かる。
「死ね! バグ女!!!」
伊月に掴みかかる越前を抑え込む。
「ふざけんな! 誰にも愛されなくて寂しいとか言ってたくせに、私を拒絶しやがって!」
いや、言ってねーよ。
愛されてない? 両親とも良好な関係だし、伊月からも愛されてるけど。
……家族愛でな!
いい加減殴ろうか、と思った時、伊月が背中から離れた。
パンッ。
乾いた音が響く。
伊月、が……人を、叩いた?
そんなことをすれば罪悪感やらで不登校になりかねないメンタルのはずなのに、伊月は凜と越前を見据える。
「初ちゃんは、誰にも愛されてないわけないです。
おじさまやおばさま、学園の人に愛されてます。
第一、私が初ちゃんを愛してます。だから、勝手なこと言わないでください」
伊月は叩いちゃってごめんなさい、と頭を下げた。越前は何も言わずに座り込み、やっとやってきたらしい教師たちが、アホどもを連れていく。
が、俺はそれどころじゃなかった。
あいしてる。
愛してる!?
伊月が!? 俺を!?
いや、勘違いするな。家族っつー枠内だ。きっとそうだ。何てったって伊月の恋愛に関する情緒は未発達だからな。自分で言ってて悲しくなってきた。
「う、初ちゃん?」
名前を呼ばれ、ぎこちない動きで伊月を見る。上目遣い可愛い!
じゃなくて……。
「あ、い、伊月、その、さっきの、って……」
ガチガチになって、さっきの発言について聞く。
「あ、あのね、初ちゃんのこと言われて、その、初ちゃんのこと知らないのに、決めつけないでって思ったっていうか、イラッてきたっていうか……」
「じゃなくて……、あの、あ、愛してる、って……」
「私、初ちゃんのこと大好きだよ?」
初ちゃんのこと大好き。
どういう意味で?
「本当か?家族的な意味でなく?その、恋愛的な意味で?」
「? そうだよ?
初ちゃん、言ったじゃない。「伊月は俺のお嫁さんになるんだ」って」
「それ、小一とかの時の話だろ!?」
「違ったの?」
「……違くない」
小学校の時、「はなよめさんきれい。いつきも、どれすきたい」って言った伊月に言った言葉。
その時はしょんぼりしている伊月を慰めたくて言った。勿論本気で嫁にするつもりだった。
それは、今も変わっていなくて――――
「その、伊月。……えっと、あの…………。
す、好きだ」
「うん。私も好き」
「だから、俺と、付き合ってください」
「喜んで!」
満面の笑みで抱きついてきた伊月を抱き締め返す。
俺より小さい体を柔らかくて。
これは、その、色々ヤバいかもしれん……。
この時、確かに俺の脳内で戦いのゴングが鳴った。
◆◇◆◇◆
あの出来事の後、生徒会はリコールされた。退学にはならなかったものの、全校生徒が白い目で見てくる中、いつまでもつのやら。
転校するって手もあるが、職務放棄や伊月への糾弾とか余すところなく内申書に載せるから、同じような状況になるだろうな。
ん?あぁ、教師たちをおど……、いや、説得してそういう措置を取ってもらったんだ。
越前の方は、ヒロインがどうとか言い続けて、一切反省しなかった。こっちは、精神異常と判断され病院に入院している。監視もバッチリだし、伊月に害を及ぼすこともないだろう。
伊月には内緒だ。これはまだ知らなくて良いことだ。
俺と伊月の関係は、あまり変わることはなかった。
絹ごし豆腐以下から木綿豆腐並みのメンタル強度を手に入れた伊月は、前より泣かなくなった。
成長したのは良いことなんだが……ちょっと寂しい。
伊月の小さくて柔らかい手を握る。
甘えてほしいけど、生殺しは辛い。
なぁ、伊月。どうしたらいいかな?
【END】
古賀「!? 急に物凄い悪寒が……」