私のメンタル強度は絹ごし豆腐以下 後編
それから数日間、私はなるべく一人にならないように、初ちゃんやさっちゃんと一緒にいるようにしました。
初ちゃんは準備?とやらに忙しいらしく、あまり一緒にいられなかったけど、登下校は一緒だった。
噂の方も、ほとんど沈静化して、廊下を歩いていても注目を集めなくなった。
さっちゃんにそのことを言うと、「良かったわね」と言ってくれた。
でも、その後に「そりゃ、あんなことされればねぇ……」と呟いていたけど、何だったんだろう?
噂を知って一週間後の昼休み。
今日も私とさっちゃんは机をくっつけてお弁当を食べていた。
「アンタのお弁当、いつ見ても美味しそうよね」
さっちゃんがパンを食べながら、私のお弁当箱を覗き込む。
「えへへ、ありがとう」
「お母さんが作ってるの?
それとも、小鳥遊?」
「違うよ、自分で作ってるの」
「はぁ!?」
「それに、初ちゃん料理は苦手だし」
「お菓子は作れるのに?」
「うん、料理とお菓子作りは違うって」
実は私、料理は得意なのだ。
最初は、お父さんと初ちゃんにすごく心配されたけど、この頃は料理を任されることだってある。
お母さんは「私の娘なんだしできるはず」と言っていた。
腕はまだまだ追いついてないので、今後もお母さんから教わる予定だ。
まぁ、その他は全然できないんだけどね……。
お母さんも「アンタに教えられることはこれ以上ないわ。私の心が折れる」と言った。
鋼鉄以上の強度を誇るお母さんのメンタルでもダメなら、諦めた方がいいだろう。
周りの精神衛生のために。
そういえば、その後に「料理以外の家事ができる子で良かったわ……」とボソッと言っていたっけ。
「アンタ、料理できんの……?」
「できるよ」
「よく小鳥遊がアンタに包丁持たせたわね」
「えっと、最初は反対してたんだけど、私のお母さんに何か言われたらしくて。
作った後、いっぱい褒めてくれたんだよ!
それで、今は初ちゃんの分のお弁当も作ってるんだ」
「……これは、保護者というより……」
「?」
「何でもないわ」
その後は、授業の話だったり、最近あったことだったり、世間話をしながらお昼ご飯を食べた。
お弁当をさっちゃんにお裾分けすると、「美味しい!」と褒めてくれた。
自分の作ったものを褒めてもらえるのはとても嬉しい。
嬉しくて笑っていると、教室のドアが乱暴に開けられた。
な、何事!?
見ると、イケメンな五人組と一人の女子生徒が入ってきた。あの人たちって確か、生徒会の人だよね?
えっと、確かさっちゃん曰く、 俺様会長、腹黒副会長、チャラ男会計、無口わんこ書記、ショタっ子庶務、だったはず。
クラスメートたちも何事かと彼らを見ている。
ぐるり、と教室を見回した彼らは、私のところで目を止めた。
その瞬間、元々険しかった顔が一層険しくなる。
え!? 何!?
何でこっち来るの!??
「片桐伊月だな?」
会長さんが怖い顔で尋ねてくる。
怖いです。注目も浴びまくってるし、既に胃が痛いです。
帰りたい、とてつもなく帰りたい……!
「あんなことをしておいてよくもまぁのこのこと学園に来られるものだな」
あんなことって何?
既に思考回路がオーバーヒート寸前です……。
「会長の言う通りです。顔色一つ変えないとは……」
「面の皮厚すぎでしょ」
「最、低……」
「美亜ちゃんに謝りなよー」
副会長さん、会計さん、書記さん、庶務さんの順で、厳しい言葉をぶつけられる。
顔色一つ変えないのは、既に極度の恐怖による顔面蒼白で血の気が無いからです。
表情が無いのは、過度の緊張でこわばってるからです。
最低って言っても、私越前さんに何にもしてません。というか、今初めてちゃんと顔を見ました。
会長さんの腕に抱きついて、涙目で私を見ています。庇護欲がそそられるとはこのことなんだろうね。
でも泣きたいのはこっちだよおおお……。
う、本格的に胃がキリキリしてきた……。
「あの、いきなり何なんですか?
伊月が怖がってるじゃないですか」
さっちゃんが私を庇ってくれる。
ありがとう、さっちゃん……。
「この女の友人か?
ふん、礼儀をわきまえずに俺様に話しかけるなんて、やはり同類か」
その言い方に、一瞬恐怖を忘れ、会長さんに言い返そうと口を開いた。
「あの、そんな言い方―――」
「み、みんな、やめて!
きっと、私が何か悪いことしちゃったんだよ……」
私の言葉を遮るように、越前さんが会長の腕にしがみつきながらそう言った。
会長さんたちは口々に越前さんを褒めたたえる。
「美亜は優しいな。さすがは俺様が認めた女だ」
「美亜さんは天使のような心をお持ちですね」
「さっすが美亜。優しいなぁ」
「良い、子……」
「優しい美亜ちゃん、だーいすき!」
「え、そ、そんな……。恥ずかしいよぉ」
きゃっきゃうふふしてます。帰りたいです。帰っていいですか。
さっちゃんも呆れたように会長さんたちを見ている。
周りのクラスメートも、冷ややかな視線を注いでいる。
そんな周りの様子に気づかないのか、会長さんたちは越前さんといちゃいちゃしてる。
と思ったら、またこっちを睨みつけてきた。
やっぱり怖いよぉ……。
「だが、いくら美亜が許すと言っても、俺様たちはお前を許さん」
「その通りです。あんな真似ができる人を野放しにするわけにはいきません」
「地味な顔してやることえげつないよなぁ。美亜とは大違い」
「許さ、ない……」
「僕、あんなことする奴大っ嫌い」
憎々しげにそう言うけど、本当に心当たり無いです。
お願いです、こっち見ないでください。プレッシャーで押しつぶされます。
間違いました、既に潰れてます。
怖すぎて何も言えないです。
「よって、お前を―――おい、何だこの音は?」
会長さんがきょろきょろと辺りを見回す。
ドドドドドッという音がどんどん近づいてくる。
音が止まったのとほぼ同時に、バン!と教室のドアが開け放たれた。
「誰だ貴様ーーー」
「伊月いいいいいいいいいい!!!!!!」
「ぐはっ!?」
物凄いスピードで教室に入ってきた初ちゃんが、行く手をふさいだ会長さんを倒した。
その勢いに、私を囲んでた他の人も道を開ける。越前さんはさっさと会長さんから離れて、副会長さんの腕にしがみついてる。
初ちゃんの顔を見た瞬間、涙腺やら何やらが崩壊して、私は初ちゃんに飛びついた。
「うわあああああああん!!!初ちゃああああああん!!!!
怖かったよおおおおお!!」
飛びついて来た私を受け止め、初ちゃんが頭を撫でてくれる。
「よしよし、怖かったな。ごめんな、そばにいてやれなくて。
もう大丈夫だぞ」
「わた、わだし、なにもじてない、のに、にらまれで、こわぐて」
えぐえぐと初ちゃんの胸に頭をこすりつける。
そんな私を優しい初ちゃんはぎゅっと抱きしめてくれた。
ごめんなさい、涙だけじゃなくて多分鼻水もつけました。
「あぁ、分かってる。伊月が何かするわけ無いだろ?」
「嘘よ!私、片桐さんにいじめられたわ!信じて、小鳥遊君!」
さっきまで泣きそうな顔だった越前さんが、初ちゃんに近づいた。
いきなりの大声にびくっとしてしまった私を、初ちゃんは優しく撫でると背中に庇ってくれた。
そして越前さんに向き直り、低い声で言う。
「あ゛ぁ?うちの可愛い伊月がんな真似するわけねぇだろ、頭沸いてんのかテメェ」
「貴様、美亜に何てことを―――」
復活したらしい会長さんが初ちゃんに食ってかかる。
が、初ちゃんはひるむ様子もなく、会長さんを睨みつける。
「黙ってろ色ボケ会長。
大体な、伊月は怖がりなんだ。
保育園の昼寝の時間、怖い夢を見たって泣いて俺の布団に入ってきたり、小学校の頃、学習発表会でシンデレラの継姉役をやった時も、終わった後で罪悪感に押しつぶされ号泣し、中学の修学旅行で道に迷って俺を泣きながら探し、あの馬鹿げた噂が流れたのを知った日には俺のところに来てずっと泣いてたんだぞ。
伊達に絹ごし豆腐以下のメンタルじゃないんだ、伊月は」
恥ずかしながら、全て事実です……。
過去の恥ずかしい記憶が白日の下に曝されていく……!
「そんな伊月を泣かせやがって、ふざけんじゃねぇよテメェら」
初ちゃんの聞いたことも無いような低い声と怒気に、思わず私を庇うように出されている手をきゅっと握りしめた。
ちょっと怖い顔をしていた初ちゃんは、私に微笑みかけ、手を握り返してくれた。
そして手を離すと、再び会長さんたちに向き直る。
「会長、アンタら生徒会はリコールだ。既に全校生徒の四分の三以上の署名と後任の候補は用意できてる。
呆れたよ、アンタら以外の全生徒が署名した。
後、越前。いじめは自作自演だったっつー証拠も揃えてるぜ。噂流したのもテメェだな」
会長さんたちが一斉に騒ぎ始める。越前さんも、さっきまでの態度が嘘のよう。
怖くて初ちゃんの背中にしがみつくと、初ちゃんが頭をぽんぽん撫でてくれた。
「何で、何で失敗したのよ……! セリフは全部完璧だったのに……!」
越前さんが何か言っています。セリフ、とは何のこと?
「おかしいわ、小鳥遊初は金髪だったはず。しかも何で悪役の片桐伊月を庇ってんの?
一匹狼のミステリアスな不良っていうのが彼のキャラでしょ?」
悪役?キャラ?
よく分からないけど、一個だけ言えるのは、
「初ちゃんが金髪じゃないのって、私のせいだよね……」
「あれは、母さんが勝手に……!俺がしたくてしたわけじゃ……!」
初ちゃんは、おばさま(初ちゃんのお母さん)の悪ふざけで、高校入学前に金髪にしたことがあった。
それを見た私は、たっぷり沈黙した後、大泣きした。
だって、髪染めてる人って怖いイメージあって、初ちゃんがそうなるかと思うと色々ぶわーっとなって……。
そんな私を見て、初ちゃんは即行で黒染めした。僅か一日ほどの出来事だった。
越前さん、どこでそんなこと知ったんだろう?
私がポツリと漏らした言葉に、越前さんが目の色を変えた。
「アンタがストーリーを歪めたのね!この、バグが!
アンタがシナリオ通りにやらないからこんなことになったのよ!!
悪役は悪役らしく私の踏み台になりなさいよ!!!
初ルートがアンタのせいでクリアできなかったじゃない!!!!!」
ストーリー?バグ?シナリオ?
越前さんの言葉が全く分からない。
「死ね!バグ女!!!」
そう言って、越前さんが私に飛びかかってくる。
「伊月!」
さっちゃんが叫ぶ。
私に掴みかかろうとした越前さんを初ちゃんが抑えた。
「ふざけんな!誰にも愛されなくて寂しいとか言ってたくせに、私を拒絶しやがって!」
越前さんのその言葉に、スゥッと体温が下がった気がした。
反射的に、私の体が動いた。
パンッ。
乾いた音が響く。越前さんは呆然と、彼女の頬を張った私を見た。
初ちゃんもさっちゃんも、クラスメートもびっくりしている。
それに構わず、私は静かに言う。
「初ちゃんは、誰にも愛されてないわけないです。
おじさまやおばさま、学園の人に愛されてます。
第一、私が初ちゃんを愛してます。だから、勝手なこと言わないでください」
叩いちゃってごめんなさい、と頭を下げると、越前さんは何も言わずに座り込んでしまった。
生徒会の人たちも、呆然と越前さんを見ながら立ちすくんでいる。
やっとやってきたらしい先生方が、会長たちと越前さんを連れていく。
うぅ、人を叩いてしまった……。
でも、初ちゃんのこと言われてイラッてきたっていうか、何ていうか……。
恐る恐る初ちゃんの様子を窺うと、なぜか固まっていた。
「う、初ちゃん?」
声を掛けると、ギギギと音を立てそうな動きでこちらを向く。
「あ、い、伊月、その、さっきの、って……」
「あ、あのね、初ちゃんのこと言われて、その、初ちゃんのこと知らないのに、決めつけないでって思ったっていうか、イラッてきたっていうか……」
「じゃなくて……、あの、あ、愛してる、って……」
「私、初ちゃんのこと大好きだよ?」
めちゃくちゃどもってる。こんな初ちゃん珍しい。
でも、何を当たり前なことを聞いてるんだろう、初ちゃんは。
「本当か?家族的な意味でなく?その、恋愛的な意味で?」
「? そうだよ?
初ちゃん、言ったじゃない。「伊月は俺のお嫁さんになるんだ」って」
「それ、小一とかの時の話だろ!?」
「違ったの?」
「……違くない」
そして、恐る恐る、という感じで私を抱きしめてきた。
「その、伊月。……えっと、あの……す、好きだ」
「うん。私も好き」
「だから、俺と、付き合ってください」
「喜んで!」
ぎゅうっと抱き着くと、周りから歓声が上がった。
代表さんとかは「これで我々の悲願が!」「可愛い!二人とも可愛い!」「小さい頃の発言をずっと信じちゃうとかおバカわいい!」って言ってる。
褒められ、てる、の……?
というか、えっと、いつの間に代表さんたちここに来たの??
確かクラス離れてるよね?
さっちゃんは呆れたように笑っている。手を振ってくれたので、小さく振り返す。
◆◇◆◇◆
それから一ヶ月。生徒会の後任も決まり、学園も大分元通りになってきた。
元会長さんたちは、学園にいるけど、肩身が狭い思いをしているみたい。
越前さんは、いつの間にか転校していた。
事情を知っていそうな初ちゃんやさっちゃんに聞いたけど、「知らなくていい。でも、もう危害を加えることは無いから」の一点張りだったし。
叩いたのが悪かったかな、とがくぶるしている私に、さっちゃんは
「気にすること無いわよ、ゲームと現実の区別がつかなかった奴のことなんか。
それより、保護者が来てるわよ」
「保護者じゃなくて、恋人です!」
「あぁ、そうだったわね。ようやくその段階か。
傍から見りゃ完全に付き合ってるように見えてたから忘れてたわ」
「ちょ、さっちゃん恥ずかしいよ!
……じゃあ、また明日ね!」
「はいはい、また明日」
さっちゃんと別れて、初ちゃんのもとへ行く。
お付き合いをするようになってからも、私たちは特に変わらない。
ただ、最近、初ちゃんと触れ合うのがどうにも恥ずかしい。
前は何とも無かったのに。
初ちゃんが私の手を握ってくる。
昔から、迷子にならないようにって繋いでくれた手。
成長した初ちゃんの手は大きくて、私の手をすっぽりと包んでしまう。
それを意識したら、急に胸がドキドキしだした。
前の絹ごし豆腐なメンタルなら耐えられなかっただろう。でも、今の私は木綿豆腐メンタル。
こんなことじゃ動揺しない。
……初ちゃん、私、何かの病気かな?
【END】
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