私のメンタル強度は絹ごし豆腐以下 前編
「メンタル強度=豆腐」の連載版です。
短編と少々変えた部分もありますが、おおむね同じです。
こんにちは、片桐伊月です。
私立彩原学園に通う至極普通の高校二年生です。
今まで風邪で寝込んでて、今日は一週間ぶりの学校、なんですが……。
学校に近づくにつれ、周りの人がチラチラとこっちを見てます……。
何でこんなに注目されてるの……?
う、お、お腹が……。
自他共に認める絹ごし豆腐以下のメンタルには、この状況は地獄です。
何とか下駄箱までたどり着いたけど、もう限界。
もうやだお腹痛いおうち帰る。
Uターンした私の肩を誰かが叩いた。
「ふぎゃっ!?」
思わず変な声出ちゃったよ……。恥ずかしい……。
恐る恐る振り返ると、そこには呆れ顔のさっちゃんが立っていた。
さっちゃんこと田宮皐月ちゃんは、私の親友。毒舌な所もあるけど、何だかんだ私と一緒にいてくれます。
「おはよ、伊月……ってアンタ何で泣きそうになってんのよ?」
「さっちゃああん……」
さっちゃんの顔を見たら、安心して涙が……。
うぅ、怖かったよぅ。
戸惑いながらも、さっちゃんは私の頭を撫でてくれた。
「あー……、何となく事情は分かったわ。
ほら、教室行くわよ。ちゃんと説明したげるから」
「うん……!」
そう言って、私の手を引き教室まで連れて行ってくれる。やっぱりさっちゃんは優しいです。
教室に入ると、クラスメートたちが心配そうにこちらを見てきた。
首を傾げてながら席に着く(ちなみに前の席がさっちゃん)と、さっちゃんが何であんなに注目を集めたか話してくれた。
◆◇◆◇◆
そもそもの原因は、一人の転入生だった。
転入生―――越前美亜さんは、とにかく可愛らしかった。
彼女はその容姿と明るい性格でクラスの人気者になった。
でも、越前さんは学園の人気者である生徒会に近づき、所謂逆ハーを作り上げた。
人気者の彼らには、ファンクラブがあり、不用意に近づいてはいけないという暗黙の了解があった。
といっても、小説とかでありがちな制裁とかは無いですよ?
生徒会のファンクラブの人たちは忙しい時期に手伝いをしてる。
最初は、ファンクラブも周りも越前さんにあまり生徒会に近づかない方がいい、と忠告していた。
告白してこっぴどくふられるとかがざらにあったらしい。
しかし、越前さんはその度に、「同じ生徒なのに、差別するなんてひどい」とか「友達と離れるなんてできない」とか言ったそうな。
その内に、生徒会役員をメンバーとした越前さん逆ハーレムが完成した。
彼らは越前さんに構うようになり、生徒会の仕事は滞りがちになった。
ファンクラブが仕事をするように言っても、どこ吹く風で越前さんの周りに侍る彼らに、生徒たちは呆れて近寄らなくなった。
生徒会は学園業務に関わる仕事もしているので、滞ると学園全体に迷惑がかかる。
そう思ったファンクラブは、役員を呼び出し、仕事をするように告げた。
このままだと、学園全体に迷惑がかかる。
生徒たちも信頼を無くしかけている。
そう話すファンクラブに、話し合いに割って入ってきた越前さんが
「何でそんなこと言うんですか!?
みんな今まで頑張ってきたのに、酷すぎます!
私は彼らの友達です! 友達としてあなたたちに抗議します!」
と、言ったらしい。
これに役員たちは感激し、さらに越前さんにのめり込むようになった。
しかも、この時ファンクラブについて、「最低な集団」など、散々貶したらしい。
これにはファンクラブの人たちも呆然。
今まで支えてきたのは何だったのか、とファンクラブも愛想が尽き、お前らなんかもう知らん!と手伝いを放棄。ファンクラブのお陰で辛うじて回っていた仕事も止まり、現在生徒会は機能していない。
これが決定打となり、越前さんと不愉快な仲間たち(さっちゃん曰く、彼らは陰でこう言われているらしい)は学園で孤立しているという。
そんな中、ちょうど私が風邪で休むのと前後して、ある噂が流れ始めた。
片桐伊月は、越前美亜をいじめている。
と。
◆◇◆◇◆
「越前はアンタに悪口言われたとか暴力ふるわれたとか言ってたけど、誰も信用してないわ。いくらキツい顔してても、アンタ、小心者でメンタル絹ごし豆腐以下だもの。罪悪感で胃に穴空けるのがオチよ」
さっちゃんの説明に、私は思考停止に陥る。
越前さんって誰?いや、存在は知ってるけど、顔はよく知らない。
悪口?暴力?
無理です無理無理無理。
考えただけでお腹痛い。
「面白半分に噂広めようとした馬鹿もいたみたいだけど、小鳥遊《アンタの保護者》 が即潰したわ。
今は ファンクラブ総出で噂の出所と証拠固めしてるわよ……って聞こえてないし。
ちょっと誰か小鳥遊呼んできてー」
30秒後。未だにショックから立ち直れていない私の耳に教室のドアが物凄い勢いで開けられた音が聞こえた。
「伊月いいいいい!!!!!」
現れたのはツンツンした黒髪に制服を着崩した不良然とした男子生徒。
彼は小鳥遊初。私の幼馴染です。
泣き虫な私の面倒をずっと見てくれていて、周りからは保護者と呼ばれてる。
つらいことがあると、いつも初ちゃんに抱きつく。こうすると、落ち着くんです。
初ちゃんはとても優しいしかっこいいので、ファンクラブがある。
ファンクラブができてすぐの時は距離を置くようにしたけど、私が我慢できなかったっていうのと、ファンクラブの代表の方が、「私たちは片桐さんの面倒を見る保護者な小鳥遊様を見たいの! もっとくっついて!」と言われ、また仲良くしてる。
ファンクラブの人たちとも仲良くなり、時々お菓子を貰います。おいしいです。
血相を変えた初ちゃんが私のところに駆け寄ってきて、肩を掴んだ。
「大丈夫か伊月!?」
「う、うう初ちゃん……」
がくぶるしてる私は、初ちゃんの制服をぎゅっと握りしめ、初ちゃんのお腹におでこをつけた。
ぽふぽふと初ちゃんが頭を軽く叩いてくれる。
「よしよし、安心しろ。
俺がどうにかするからな」
「うん……」
初ちゃんのお腹におでこをぐりぐりこすりつける。
すると、ほっぺたを両手で包まれ、上を向かされた。
「伊月、これからはなるべく誰かと一緒にいるようにするんだぞ?」
「うん」
「知らない人についていかないこと」
「うん」
「お菓子あげるって言われてもだぞ?」
「う……」
「後でクッキー持ってきてやるから。
全部終わったら、他にも俺が作ってやるから」
「うん!マドレーヌが良い!」
「よし分かった」
良い子良い子と頭を撫でられる。
初ちゃんのお菓子はとても美味しいのです。
「でも、初ちゃん、さっちゃん。
何で先にそんな噂があるって教えてくれなかったの?」
初ちゃん、いっつも放課後お見舞いにきてくれてたのに。
さっちゃんも、ノートのコピー届けてくれてたし。
そう思って聞くと、初ちゃんとさっちゃんは顔を見合わせ、頷いた。
その仕草に私が首を傾げると、二人はそれぞれこう言った。
「絶対風邪悪化すると思って」
「一週間追加で寝込むだろうと思ってな」
その通りでございます……。
多分、いや絶対 寝込んでる時にこんな事聞いたら、更に一週間ベッドと仲良くなったこと請け負いだ。
「とにかく、しばらくは俺か田宮と一緒にいるんだ。
ただ、俺はちょっと最終準備があってな、一緒にいられないかもしれない」
「?」
「一緒にいられなくてごめんな」
「うぅん。頑張ってね!」
初ちゃんが一緒にいられないのは残念です。
でも、さっちゃんもいるし、大丈夫!
知らない人についていったりもしないし!
初ちゃんが持ってきてくれたクッキーを頬張りながら、私は呑気にそんなことを考えていた。
うん、やっぱり初ちゃんのクッキーはおいしいです。