(三)現代語の助動詞「た」
▼「た」の成り立ちを再確認
「き」「たり」の解説に入る前に、「た」についても確認しておきます。
前ページでご説明したように、「た」は六つの助動詞が統合されてできたものです。よって、現代人は日常生活で何気なく使いこなしていますけれど、実はとても幅広い意味を持っています。
▼「た」がいかに大雑把かを見よ
ということで「た」の実態を知るために、また辞書を引いてみます。ただし本格的な辞書を使うと、解説と分類が詳細すぎてとんでもないことになりますので、ここでは私の手持ちのハンディサイズの辞書二冊を使いますね。
まずは、新潮社の『新潮国語辞典』(正式な書誌は一頁目のあとがき参照)から。思いきり噛み砕いて書くと、こうなります。
一、完了
二、単純な過去
三、存続(※連体形に限る)
四‐ア、断言・決意(※終止形に限る)
四‐イ、軽い命令(※終止形に限る)
五、強調・確認・回想
次に、小学館の『新選国語辞典』(同じく一頁目あとがき参照)です。
一、過去
二、完了
三、状態(※連体形に限る)
四、詠嘆
五、決意・確認・意思
六、命令(※終止形に限る)
ハンディサイズの辞書でさえこの有様です……明らかに意味が多すぎますよね。
現代文ではこれだけの幅広い領域を、「た」という助動詞一つでカバーしているのです。
えっと、もしかしたら目がすべってしまって読めなかった方もおられるかもしれませんが――私自身、書き写しながらうんざりしました(苦笑)――次の項目で必要な分だけやり直しますのでご安心ください。
▼「た」の〈時〉の感覚
さて、このカオスとしか思えない「た」の語義ですが、先に書き出した二パターンの分類をよく見ると、順序こそ違いますが、純粋に〈時〉を示していると言えるのはどちらも最初の三つだけです【注3】。
このエッセイに都合がいい順番で、書き直してみます。
一、過去
二、完了
三、存続/状態(※連体形に限る)
ここまで簡略化するとさすがに一目瞭然だと思います。
「た」は過去と完了の助動詞だったはずなのに、一つ変なものが混じっていますね。そう、「た」は連体形に限り、現在を示すことも可能なのです。本当に大雑把ですよね!
▼過去と完了について
ここで一応、過去と完了についても説明を入れておきます。
過去は、過去にあった出来事を示します。
完了は、動作や作用が終了すること、すなわち終わってしまうことを示します。
あまりに言葉通りで拍子抜けされた方もおられるかもしれませんね。でも、「き」と「たり」の使い分けという目的においては、これだけで十分なのです。
▼連体形と存続/状態について
ではいよいよ、問題の三つ目、存続/状態の説明に入ります。
まず前提として、これは連体形、すなわち体言を修飾する時だけの用法となります。一方で、連体形だからと言って、必ずしも存続/状態の意味になるわけではありません。
それから念のため、「た」の連体形は終止形と同じく「た」です。
〔1〕存続
存続とは、過去の動作や作用の結果が残っていて、存在し続けていることを示します。
――水の入ったバケツが置いてある。
空っぽのバケツに誰かが水を入れたのは過去の出来事ですが、その結果、今も水はバケツの中にあるわけですね。
〔2〕状態
状態とは、過去のことは関係なくて、単に現在の状態を示します。
――バケツを持った少女が歩いている。
「バケツを持った少女」は今現在バケツを持っているだけであり、この文章にはバケツを手にした瞬間という過去は含まれていません。
〔3〕存続/状態と過去(と完了)の判別
存続と状態はどちらも、連体形「た」の部分を「ている」に差し替えても意味が変わらないという共通点があります。
――水の入ったバケツ → 水の入っているバケツ
――バケツを持った少女 → バケツを持っている少女
差し替え後のフレーズが日本語として少しぎこちなくなることもありますが、とりあえず同じ意味が成立するはずです。
ですが、連体形「た」を取ってしまうと――やはり日本語としてぎこちない表現になることがありますが――存続では意味が変わってしまうのに対して、状態では意味の変化がありません。
――水の入ったバケツ → 水の入るバケツ
――バケツを持った少女 → バケツを持つ少女
「水の入ったバケツ」と違って、「水の入るバケツ」には水が入っていません。一方で、「バケツを持った少女」と「バケツを持つ少女」はどちらもバケツを持っている状態にあります。
ちなみに、過去もしくは完了の時は、「た」を取り去ったり「ている」に差し替えたりすると、おかしなことになります。ただし、現代語「た」は完了で使うことはほぼありませんので、例に挙げるのは過去だけにさせていただきます。
――命を落とした騎士 → ?
「命を落とす騎士」とか「命を落としている騎士」って、何だそれって感じですね(笑)
〔4〕存続/状態と〈時〉の関係
存続/状態の時制は、一応、現在ということになりますが、これは暫定的なものです。文脈によっては過去にも未来にもなり得ます。
――私は東の森で、バケツを持った美しい乙女に出会った。
――明日の夜明け前、東の森に赴くがよい。されば、バケツを持った美しい乙女に出会えるであろう。
過去の場合は、時制は過去のまま変化することはありません。
――命を落とした騎士には、許婚がいた。
――命を落とした騎士の実家は豪商である。
――命を落とした騎士のために、王太子が弔問に訪れるらしい。
いずれにしても、騎士が命を落としたのは過去のことです。
これで連体形の雰囲気が大体つかめたでしょうか?
▼「た」のまとめ
まとめますと、「た」は基本的に過去(ないし完了)を示しますが、連体形に限り存続や状態を示すこともあります。
そしてこれは私の個人的な見解ですが、「た」の連体形のややこしさが、擬似古文を書く時に失敗を誘発する一番の要因になっているのではないかと考えています。
では、次から本題の「き」と「たり」の解説に入りますね。
【注3】
『新潮国語辞典』のほうのラストに「回想」なんて微妙なシロモノがありますが、これに言及すると非常に面倒なことになるので、見なかったことにしてください(笑)