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泣いているうちに、どうやら眠ってしまったらしい。紗綾は起き上がることができなかった。フミの死が、大きな鉛となって紗綾の心の中にあったからだ。もう現実逃避したかった。悪い夢なのだと思いたかった。
だが、いつまでもこうしてはいられない。ぐったりとした体を無理矢理起こすと、隼人の部屋に行った。
「隼人、起きてる……?」
声をかけたが返事はなかった。
「はや……」
言いかけると、突然玄関からドアが開く音がした。そして、目を赤くした隼人がゆっくりと歩いてきた。
「……どこ行ってたの……?」
そう言うと、隼人は俯き、弱弱しい声を出した。
「じいちゃんのとこ……」
「えっ?」
紗綾の体の中に、雷がまた落ちてきた。
「ど、どうして」
すると隼人はじっと紗綾の顔を見つめた。
「俺、強い男になりたいから。ばあちゃんが殺されたのに、何もできなくてただ泣いてるだけなんて嫌だから」
「な……なんて言ったの?おじいちゃんに……」
紗綾は隼人の両肩を掴んだ。冷や汗が噴出した。
隼人ははっきりと答えた。
「俺を強い男にしてくれって言った。そうしたら、じいちゃん、ゴクドウになれば、強くなれるぞって言ったから、じゃあ俺ゴクドウになりたいって言った」
紗綾の顔がひきつった。どくんどくんと心臓の音が、耳の奥から聞こえてくる。
「う、嘘でしょ……?」
「本当だよ。じいちゃん、すごい喜んでた。何でかわかんないけど。お前を立派なゴクドウにしてやるぞって笑ってた」
「や……やめて……。やめてよ……」
死にたくなった。絶対にこんなことが起きてはいけないのだ。心優しい隼人が、極道になるなんて……。
「姉ちゃん」
隼人は誓うように言った。
「俺、強い男になったら、ばあちゃん殺した奴らに仕返ししてやるんだ。姉ちゃんだって、悔しいだろ?」
「いや……いやだ……。極道になんか……」
極道の意味を知らない隼人は、気合のこもった声を出した。
「俺、ゴクドウになったら、姉ちゃんのこと護ってやるから。今まで姉ちゃん、俺のこと護ってくれたから。大丈夫だよ。すぐに俺、ゴクドウになれるから!」
「違う……違うの……」
紗綾は隼人の体をがくがくと揺らした。
「えっ?違う?」
隼人は少し目を丸くした。きょとんとした顔だった。
「違うって、どういう」
「極道ってね……悪いことをする人なの……。悪者なんだよ……」
「悪いこと?」
隼人の目つきが変わった。動揺していた。
「悪いことってなんだよ」
「だから、知らない人をぶったり、酷いことするの。たくさん喧嘩して、人のこと傷つけるの。そうやって、平気で人を襲う人たちのことを、極道っていうんだよ……」
「お、襲う?」
隼人の顔色が青になり、次に白くなった。ぶるぶると震えていた。
「じゃあ、ばあちゃん殺した奴らみたいなことするの?」
「そうだよ。たくさん暴力ふるって、みんなを傷つけるんだよ」
愕然としていた。信じられないという顔だった。
「嘘だろ……。俺、そんな奴になりたくねえよ……。喧嘩だってしたくないし、みんなに酷いことなんてできないよ……」
隼人は紗綾の腕をがっしりと掴んだ。紗綾はまた死にたくなった。
「ど、どうしよう……。俺、極道になりたいって言っちゃった……。どうしよう……」
隼人の姿を見て、どうしてこんなにも自分たちは不幸な目に遭わなければいけないのかと紗綾は思った。
「どうしようって言っても……」
「やだよやだよ!俺、そんな奴になりたくない……極道になりたくない……」
しかし二人には何も力などなかった。間もなく、隼人は浅霧の実家に連れて行かれた。