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 紗綾は、また隼人がどこで何をしているのか不安になった。あの時、ちゃんと極道はどういう人間のことか教えておけばよかった。そうすれば、隼人は極道にならなくて済んだのに……。

 隼人と別れて、もう八年も経ってしまった。八年間、紗綾は自分を責め続けている。しかし、隼人とはもう会えない。二度と会えないのだ。

 喧嘩をして、酷い怪我をしていないか、悪い病気にでもなっていたらどうしよう、など、いろいろな考えが頭の中を飛び交っている。とりあえず、まだ警察には捕まっていない……と思っているが、実際はどうなのだろうか。 

 紗綾は首を横に振り、嫌な妄想を振り払った。


 紗綾と隼人の母親の名前は皐月さつきといった。もう十年以上も会っていないのだから、顔はほとんど覚えていない。記憶に残っているものは、いつも綺麗な花柄の着物を着ていたことくらいだ。

 父の顔も覚えていない。巌残は、父のことを「貧弱で、臆病者で、どうしようもない男だった」と言っていた。だがフミは、「とても穏やかで優しい人だった」と言っている。

 父は、昔は極道になる気で、いろいろと騒ぎを起こしていた。しかし、皐月に出会い、すっかり大人しくなってしまった。二人は恋に落ち、やがて子供ができた。それが紗綾だ。だが二人は結婚ができなかった。極道と結婚をするには、極道の人間たちに受け入れてもらわなければいけない。不運なことに、皐月は受け入れてもらえなかった。父はどうしても皐月と結ばれたいと言った。皐月のお腹の中に、もう一人の子供、隼人がいたからだ。家族四人で幸せに暮らしたいということだ。

 しかし巌残は冷たく、ある選択をさせた。皐月と結婚した場合、もうこの浅霧とは完全に縁を切る。もし浅霧家に残りたいなら、皐月との結婚は認めないというものだ。皐月をとるか、実家をとるか。ものすごい葛藤だっただろう。やがて父が出したのは、皐月と結婚し、浅霧とは縁を切るという答えだった。自分の人生を変えた皐月を手放すわけにはいかなかった。父はめでたく皐月と結婚した。さらに隼人も産まれた。

 しかし、ここで問題が起きた。紗綾と隼人は浅霧家に残すと、巌残が言ったのだ。親なのだから、当然父も皐月も子供と一緒にいられると思っていたが、甘かった。話が違うと二人は巌残に言ったが、もうすでに浅霧家とは縁を切ってしまったので、何の関係もない。他人の家の子供を、我が子にすることはできない。どちらにせよ、家族四人で暮らすことは不可能だったということだ。

 父と母が突然いなくなり、紗綾は驚き、ショックを受けた。未来永劫、二人には会えないのだ。そのため、隼人は両親を知らない。まだ赤ん坊だった時のことを覚えていられる人間などいない。まさか、こんな悲劇が起きていたなんて知らないのだ。

 隼人は両親について何も言ってこなかった。紗綾はほっとしていた。このまま両親がいなくても大人になっていけると思っていた。

 しかし一度だけ、隼人がこんなことを聞いてきた。

「ねえねえ、姉ちゃん」

「何?」

 洗い物をしながら、紗綾は言った。

「あのさ、今度、授業参観があるんだけど」

 紗綾の手が止まった。どきりとした。

「授業参観って、親が来るんだろ。俺は、誰が来んの?」

 答えが見つからなかった。紗綾は学校があるし、フミは足腰が悪くて学校にまで歩いて行けない。

「姉ちゃん」

 隼人も困ったような顔をした。

「……ごめん」

 紗綾は正直に言った。嘘をつくのは嫌だった。

「お姉ちゃんは学校があるし、おばあちゃんは足が悪くて学校に行けないんだ。だから」

「じゃあ、俺は誰も見に来てくれないの?」

 少し寂しそうな声だった。紗綾は振り返った。

「ごめんね。行けなくて」

「どうして俺には父ちゃんも母ちゃんもいねえの?姉ちゃんとばあちゃんしかいねえの?」

 やはり自分に父親と母親がいないことを気にしていたのだ。何も知らない隼人が可哀相に見えた。

「隼人、お父さんとお母さんがいなくて寂しい?」

 隼人はすぐに首を横に振った。

「寂しくないよ。姉ちゃんもばあちゃんもいるし」

 紗綾はにっこりと笑った。

「でしょう?お父さんとお母さんがいなくても、寂しくないでしょ?」

 うん、と隼人は頷いた。

「お姉ちゃんが、隼人を護ってあげるから。ずっとそばにいるから。何も心配なんてしなくていいんだよ。授業参観は、悪いけど我慢して」

 そしてぎゅっと抱きしめた。隼人はまだ何か言いたそうだが、わかった、と言った。

 それからは、隼人は両親の話は一切しなかった。隼人のために、紗綾はとてつもない努力をした。家事も、弟の世話も、自分の学校も全て一人でこなした。フミもいたが、足腰が悪いし体も弱くなっていくので、任せられなかった。そのせいか、紗綾は同級生に、「お母さんみたい」と何度も言われた。

 隼人も成長していくにつれ、いろいろと紗綾の手伝いをするようになった。「俺、姉ちゃんのためなら何でもやるよ」と言ってくれた時は、涙が出るほど嬉しかった。

 お父さんとお母さんがいなくても、何でもできる。だって、私はお姉ちゃんなんだから!両親の姿を思い出すたび、この言葉で寂しさを振り払った。隼人を護るのは、紗綾しかいないのだ。

「隼人は本当に優しいね」

 そう言うと、隼人は少し照れたように笑った。

「だって、俺、誰かがにこにこしてると嬉しいんだもん。困ってる人を助けるのは当たり前だろ」

「そうだね。にこにこしてると、こっちもにこにこするもんね」

 紗綾も笑った。こんなに心優しい隼人が、極道になるわけがないと信じていた。

 お父さん、お母さん、私たちずっと一緒にいられるよ。隼人はとっても思いやりがあって優しい子だよ。三人で、幸せに暮らしていけるよ。

 もう二度と会えない父と母に、心の中で伝えた。

 しかし、ある夜、大事件が起きた。紗綾と隼人にとって、最低最悪の出来事だった。



 

 

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