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 志保は号泣した。その場に崩れ落ち、両手で顔を覆った。

「志保、どういうことか説明しなさい」

 冷たい亮介の言葉が聞こえた。

「電話で話していたことと違うじゃないか。しかもあんなやくざにだまされて」

「違うって言ってるでしょ」

 そっと顔を上げ亮介の顔を見つめた。

「隼人は優しいの。やくざの家に生まれたけど、すっごく優しいの」

「馬鹿か。やくざが優しいわけないだろう。優しいフリをしているだけだ。本当は志保を襲うために近づいてきたんだ」

 厳しい亮介の声を聞きながら涙をぼろぼろと流した。止めることなどできない。こんなに悲しい目に遭うなんて思っていなかった。

「いいか。やくざは汚らわしい生き物なんだ。少し気が障っただけで平気で人を傷つける。そんな人間を愛するなんて志保は頭がおかしい。いったいいつ、そんな子になったんだ」

「汚らわしくなんてない。隼人を汚らわしい生き物なんて言わないでよ!」

 しかし亮介は全く話を聞いてくれない。

「お願い。信じて。隼人はやくざじゃないの。汚らわしくなんてないの」

 そう言って志保は隼人と出会ってからのことを全て話した。もしかしたらわかってくれるかもしれないと思ったのだ。だが証拠も何もないのだから信じてくれるわけがなく、ただの時間の無駄だった。しかも亮介は警察官なのだ。何を言っても考えは変わらなかった。話が終わるとこんなことを言ってきた。

「幸せになりたいだろう?さっさとあんな男のことなんか忘れなさい」

「やだ……やだよ……」

 志保は首を横に振った。あまりにも悲しい言葉だった。

「私は隼人のことが好きなの。初めて人を好きになったの……。忘れることなんかできない……」

 だが亮介はため息を吐きながら面倒くさそうに言った。

「もう十八歳なのに何を言ってるんだ。あんな人間と一緒にいたら不幸になる。幸せになりたくないのか?」

 志保は俯きながら聞いた。

「酷いよ……。どうして好きな人と恋愛しちゃいけないの?私のことが嫌いなの?」

「相手はやくざなんだぞ。何回言えばわかるんだ。やくざは人間のゴミだ。害虫と一緒だ」

 志保は愕然とした。隼人が害虫……?あんなに思いやりがあって優しいのに……。娘の恋人を害虫呼ばわりする亮介が信じられなかった。亮介が憎らしくて堪らなかった。きっと睨みつけながら怒鳴った。

「お父さんだって電話で言ってたことと違うじゃない。恋をするのは志保の人生だって。お父さんは関係ないって……」

「普通の人間と恋をしなさいという意味だ」

「隼人は普通の人間だよっ」

 どれだけ志保が睨んでも怒鳴っても、亮介には何ともない。どうしたらわかってもらえるのだろうか。

「今までずっとほったらかしにしてたくせに。いきなり父親の顔しないでよっ」

 突然顔を叩かれた。驚いて目を見開いた。

「何するの?」

 亮介はじっと志保を見下ろしていた。哀れな人を見るような目で言った。

「お父さんがそばにいれば志保は頭がおかしくならない」

 どきりとした。嫌な予感がした。

「頭がおかしいのはお父さんの方だよ!」

 だが亮介に睨まれてしまい何も言えなくなった。

「……お父さんはしばらく仕事を休む。志保があの男を忘れるまでな。あの男がまた志保の前に現れないように監視しなくちゃいけない」

「そんな……」

 志保は俯き、また両手で顔を覆った。もう……隼人とは二度と会えないのだ……。




 

 隼人はとぼとぼとアパートに向かいながら志保の顔を頭に思い浮かべていた。もう二度と会えない。こんなに愛してるのに……。どうして別れなきゃいけないのか……。もう紗綾にも志保にも会えなくなった。何もかもが目の前から消え去り、残ったのは極道として生きていく未来だけだ。こんな目に遭うために自分は生まれてきたのか。もう明日なんか来なくていいと思った。

 アパートの近くに来るとなぜか人の声がした。おかしいなと思った。この近くでは人の話し声はほとんど聞こえない。そっと隼人は声が聞こえる方に行ってみた。トラックが二台ありガタイの大きい男が何か運んでいる。暗くてもわかった。隼人の部屋の家具だった。

「ちょっと待て!何してんだ!」

 あわてて飛び出すとすぐ近くにいた骸骨のように痩せている顔色の悪い男が話しかけてきた。

「あなたが浅霧隼人さんですか?」

「そう……だけど……。何で俺の名前知って……」

「ちょうどよかった。あなたも一緒に来てください」

「は?何言ってるんだ?」

 わけがわからず戸惑った。痩せぎすの男は不思議なものを見る目で言った。

「聞いていないのですか?これからあなたは浅霧の実家で暮らすのですよ。おじいさまの跡継ぎなのですから」

「跡継ぎ?」

 動揺してどきんどきんと胸が速くなる。隼人のことなどお構いなく男は続けた。

「今日からあのアパートはあなたのものではなくなります。実家で立派な極道として生きていくのです」

「実家って何だよ……。そんな話聞いたことねえよ」

 がくがくと体が震えた。男はじっと顔を見つめた。

「あなたは浅霧の家主になるのですから当然です。さあ早く乗って」

「や……家主……?」

 冷や汗が滝のように流れた。血の気が引いていく。

「家主って……どういう……」

「浅霧は極道の中で最凶なのです。跡継ぎとしておじいさまに恥をかかせないようにしっかりと浅霧を護るのです」

 愕然とした。つまり完全に極道になるということだ。

「何で俺が……跡継ぎ……」

 突然男二人が隼人の体を羽交い絞めにした。隼人は身動きがとれず無理矢理トラックに乗せられた。

「放せ!俺はそんなものになりたくない!」

 しかしトラックはすぐに発車し実家に向かって行った。

 嘘だ嘘だ。俺が跡継ぎなんて一言も聞かされていない。家主なんかになったらもう外に出ることすら許されない。死ぬまで最凶の極道として生きていかなければいけないのだ。

 

 


 




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