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 隼人に「大丈夫か」と言われる回数が増えていった。歩くのがなぜかしんどく一気に体が重くなった気がした。しかし志保は子供がいるとは思わなかった。たった一回で妊娠する人なんていないと決め付けていた。そんなに簡単に命が作られるわけがない。そのため病院にも行かなかった。隼人はどう思っているのだろうか。怖かったが聞いてみた。

「隼人は、私のお腹の中に子供がいるって思ってる?」

 すると震えた声で隼人は答えた。

「そんなの見てもわかんねえよ。俺は男なんだし」

 さらに心配になった。思っていないと言ってくれるだろうと思っていたのだ。

「もし子供ができたら産むから」

 できる限りの力を込めて言うと隼人は驚いた。

「産む?」

 志保は大きく頷いた。

「もし隼人と結婚ができなくても子供は産む。堕ろしたりしないから。だってそれって人殺しでしょ?私、警察官の娘なのに人殺しなんかできないよ」

「一人で育てられるのか?」

「大丈夫だよ。きっと母親になれるよ」

 隼人は不安そうに俯いた。男より女の方が強いというのは本当だったと思った。

「今までだって同じようなことたくさんあったけどちゃんと一人で乗り越えられたもん。心配しないで」

 そうか、と隼人は小さく呟き項垂れていた。

 しちふくでアルバイトをしながら、また紗綾が店にやってこないかと思っていた。隼人の世話も家事も学校のことも全てやりこなしていたと隼人が言っていた。その紗綾と話がしたかった。やはり誰かに頼りたいという気持ちがあった。

 隼人に支えられながら忙しい日々を過ごした。高校の卒業も近づいてくる。さらに大学受験……。目が回りそうになった。隼人がいなかったらへとへとに疲れて何もできなくなってしまう。そのためほとんど毎日隼人は家に泊まった。

 だが隼人が家に泊まらなかったある夜、志保の体に雷が落ちてきた。亮介から電話がかかってきた。

「そろそろ家に帰れそうだ」

「えっ?」

 がくがくと足が震えた。冷や汗が噴出した。

「何だ。お父さんが帰ってきたら嫌なのか」

 ぎくりとし、すぐに志保は言った。

「嫌じゃないよ。でも……。どうしてそんな……いきなり……」

「仕事がようやく片付いたんだ。もう一人ぼっちにはさせないぞ」

「そうじゃなくって……。帰ってくるのっていつ?」

 動揺しないように気をつけたが胸がどくんどくんと速くなる。

「それはわからない。なるべく早く帰ってくるようにって思ってる」

 三年近く会っていない娘に会えるのだから嬉しいようですっきりした声だった。

「わからないって……。くわしく教えてよ」

 しかし亮介は繰り返した。

「だからわからないんだよ」

 どうしよう、と志保は怖くなった。心の中が嫌な予感でいっぱいになった。

「帰ってきたら二人でおいしいものを食べに行こう」

「……わかった」

 ほとんど無意識の状態でそう言うと電話が切れた。

 翌日すぐに隼人に報告をした。

「嘘だろ」

 顔色が真っ青になった。志保と同じくがくがくと足が震えている。

「どうするんだよ。じゃあ俺たち、もう離れ離れになるってことか?」

 志保も俯いた。こんなにも早く別れの日が来るとは思っていなかった。

「……でも、事件が起きたらすぐに出て行くから……」

 そう言ってから自分はなんて酷い人間なんだと気付いた。事件が起きるということは誰かが悲しい目に遭うということだ。自分は隼人と一緒にいたいために事件が起きることを願ったのだ。警察官の娘として一番言ってはいけない言葉だった。目をつぶり首を横に振ると隼人に何をしているのだろうという目で見られた。

「いつ帰ってくるのかがわかればいいんだけどな……」

 悔しそうに顔を歪めながら隼人は独り言を言った。志保もため息をついた。どうしてこんな時に……。そう思いながらお腹をさすった。

 隼人のことが好きで、恋人同士だと亮介にばれたら絶対に離れ離れになる。もう二度と会えなくなるかもしれない。隼人はまた自殺をしようと考えるのか。絶対に嫌だった。何も答えが出ないまま二人でびくびくしていた。

 毎日暗い気持ちでいるせいか、志保の具合が悪くなった。その日も隼人に泊まってほしいと頼んだ。しかもかなり辛い。お腹が痛いような気持ちが悪いような感じがした。

「何か気分が悪くなったら遠慮なく言えよ」

 隼人はとても心優しい。亮介よりずっと志保を想ってくれる。

「隼人……」

 そっと声をかけた。ぎゅっと抱きつくと心がほっとして安心する。

「私たち、一緒にいられるよね。ずっとそばにいて幸せになれるよね」

 隼人は大きく頷いた。絶対に離れないように痛いほど抱きしめてくれた。

「当たり前だ。絶対に結ばれる。親なんか関係ねえよ」

 志保は隼人の顔をじっと見つめた。隼人も同じように見つめると二人で熱いキスをした。目を閉じてさらに唇を推し付ける。

「愛してるよ。隼人」

 志保が言うと隼人もにっこりと笑った。

「俺もだよ。愛してるよ」

 志保の目から涙が溢れた。隼人に出会ってよかった。近づいたり離れたりいろいろなことがあったけれど、最後まで隼人を信じていてよかった……。

 

 しかし突然体が硬直した。この天国のような空間をばらばらに壊す音が聞こえた。隼人の顔を見つめたまま指一本動かせなくなった。

「どうしたんだ?」

 隼人は目を丸くしたが、すぐに同じように体が固まった。

 鍵を開ける音が二回鳴った。次にドアを開ける音。そして足音がゆっくりと志保たちのもとに近づいてきた。





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