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月曜日になり学校に行くと、すぐに志保が謝ってきた。
「デートのこと、わがまま言ってごめんね」
すぐに隼人は首を横に振った。
「謝るなよ。俺の方が悪かったんだから。次はちゃんと志保の行きたい場所についていくから」
志保は黙ったまま、こくりと頷いた。それで許してくれたと隼人はほっとした。嫌われたのかと不安だった。だがそうではなかった。志保は頷いたのではなく俯いたのだ。
「もうデートはいい。それより、大変なことが起きたの」
「大変なこと?」
嫌な予感がした。志保の暗い顔を見てかなり大きなことだと考えた。
「もう私、隼人の部屋には行かないから」
驚いて目を見開いた。硬い口調でぎくりとした。
「ど、どうして」
「お父さんから電話が来たの。どうして今まで電話に出なかったのかって、どこに行ってたんだって聞かれた。隼人の部屋に泊まってた時に何回かかけてきたみたい。誤魔化したけど、絶対に嘘だってばれてるよ。だって警察官なんだもん」
不安そうな顔で隼人を見つめた。しかし隼人は冷や汗を流すことしかできなかった。
「どうすんだよ。じゃあもう会えないってことか?」
そう言うと志保は首を横に振った。
「これからは、隼人が私の家に来て。そうすれば怪しまれないから」
隼人は頷いた。それしか方法はないと思った。しかしうまく誤魔化せるんだろうか。警察官がどれほどすごい能力を備えているのか、隼人は何もわからない。
「……ばれないよね……?」
志保の震えた声を聞き、隼人も怖くなった。
二人が離れ離れになってしまう日が、刻一刻と迫っているような気がした。とにかく、時間がある時はずっと一緒にいた。たくさん思い出を作ろうと志保に言われた。受験勉強は全て志保の家で行い、まるで同棲をしているようだった。これが永遠に続くことを二人とも強く願っていた。
「俺、何で極道の家に産まれたんだってずっと思ってた。こんな悲しい目に遭うんだったら、産まれてこなきゃよかったって思ってた。だけど、もし産まれなかったら志保には会えなかったんだな」
じっと見つめながら言うと、志保もじっと見つめ返した。
「私も、ずっと一人ぼっちで、このままずっと孤独なまま生きていくんだろうなあって思ってた。警察官の娘が寂しいなんて言ったら恥ずかしいからって気にしないようにしてた。だけど隼人に会って、今すっごく幸せだよ」
しかしこの幸せがいつまで続くかはわからなかった。
しちふくの店長のミユキが隼人に会いたがっているというのを知り、隼人も会いたくなった。しかしもし行った時に紗綾がいたらと思うと行けなかった。それに男は甘いものを食べてはいけない。巌残にばれたら命を落とす危険だってある。隼人が外に出た時に行ける場所は、学校と輪間公園と志保の家だけだった。
志保と一緒にいると、自分がやくざなんて人間ではないという気持ちになる。志保も同じようで、うろんな女だった時のしっかりとした姿は全く見られなくなった。恋をすると人間は変わるというのをどこかで聞いたことがあったが、本当に隼人も志保も別人になった。好きな人がそばにいるだけで幸せになれる。恋愛とは素晴らしいものだと思った。
二人で勉強をしている時に志保の父親から電話がかかると二人は緊張した。志保は動揺しないよう気をつけながら会話していた。やはり疑われているようで、「違うから」「そんなことない」などの言葉をよく言っていた。
「ごめんな。いちいち不安な気持ちにさせて」
電話が終わり隼人が謝ると、志保は首を横に振った。
「隼人は何も悪くないよ。娘の言うことが信じられないお父さんが悪いの」
志保の口調は力強かった。
また、しちふくでもらったあんみつを食べさせてくれた。
「やっぱりこの味だ」
そう言うと志保はにっこりと笑った。
思えば、このあんみつで隼人の人生は大きく変わった。あんみつが食べたいというわがままで、フミは死んでしまい紗綾には二度と会えなくなり、極道の地獄の日々を過ごした。もしあの夜わがままを言わなかったらフミは死ななかったし、今でも三人で一緒にいただろう。極道の意味だって知らなかった。だが極道にならなかったら、愛しい志保には会えなかった。隼人にとってどちらが幸せだったのだろうか。だがもうそんな過去のことなんてどうだっていい。過去は変えられないのだ。志保との秘密の恋愛を楽しもうと決めた。
「やくざって、どうやって結婚するの?」
志保が聞いてきた。隼人は首を傾げて答えた。
「よくわからねえんだよ」
「えっ?よくわからないって?」
隼人は、はあ、とため息を吐いた。
「俺はさ、極道の意味も知らずに極道になったんだよ。どうやって結婚するのかも全然知らないんだよ」
志保が隼人の手を握りしめた。こうして繋がっていないと不安なのだろうと思った。
「じゃあ、高校を卒業しても一緒にいられるよね?」
もう一度聞いてきた。隼人は頷いた。
「俺が産まれたのは、お前と結ばれるためだ。結婚して子供を作って、幸せになるんだ。心配なんかしなくていいよ。絶対に一緒にいられるんだから」
しかし声はどんどん弱弱しくなっていく。
「だよね。私、他の男の人と結婚なんかしたくないもん。隼人じゃなきゃ嫌だよ」
志保がまた愛しくなり、優しく抱きしめた。
不安な気持ちにさせたくないため、隼人はできる限り笑っていようとした。志保の暗い顔なんて見たくない。志保も同じようでいつも笑っていた。
「俺に恋人ができたなんて知ったら、姉ちゃんびっくりするだろうなあ」
「そうだね。しかもこんなにすぐそばにいたとかね」
明るい話をしていても、やはり二人の笑顔はぎこちなかった。
時が流れていくのが何よりも怖かった。口では結ばれると言っていても、心の中はどうしても結ばれない方を考えてしまう。それが現実だからだ。何度励ましあったって無駄だ。どんなに愛していても隼人はやくざの一人息子で志保は警察官の娘に変わりはないのだ。




