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高校生になると、もうほとんど一人暮らしだった。一人きりの受験は大変だったが、それでも志保は志望校に入学できた。このことは亮介には伝えていない。志保も亮介がどこで何をやっているのか知らない。父からの電話をずるずると待っている日々が続いた。
志保は毎朝、必ずニュースを見る。ニュースで、最近起きた事件を調べるのが日課だ。そしていつもため息をつく。
この世界で、どうしてこんなに悲しい事故が起きるのだろう。ただの口喧嘩が殺人に変わるなんて、人間は愚かな生き物だ。そんなことをして人生を棒に振るなど、志保には考えられなかった。
自分だけじゃない。家族だって地獄のような日々を送ることになる。どうしてそれに気が付かないのか。
昔、汐里が言っていた。悪いことをした人間は、神様に必ず罰を与えられるのだ。人を恨んだり憎んだりするのは人間の感情なのだから仕方ないけれど、自分で相手を殺してしまうのはいけない。神様に代わりに罰を与えてもらうのが正しい。そうしないと、自分も罪人になって、神様に罰を与えられてしまう。
その通りだと志保は思った。ずっとその言葉を信じている。
世界中の人が、自分で罰を与え、そのせいで罪人になっている。志保はニュースを見ながら辟易していた。
そうしてテレビを観ていると、突然電話が鳴った。久しぶりの電話で、志保は嬉しかった。
「もしもし。お父さん?」
ゆっくりと話すと、亮介は聞いてきた。
「志保、大丈夫か」
またか、と志保は思った。亮介は必ず、志保に質問をしてくる。今何をしているか。何があったか。そんなもの、どうでもいい。
「いつも言ってるでしょ。私、もう子供じゃないんだよ」
すると亮介は声を低くして、もう一度言った。
「そうじゃないんだ。志保はもう知ってるか」
「知ってる?何を?」
志保は少し驚いた。どういう意味だろうか。
「不良だよ」
亮介の口調が硬くなった。さらに志保は目を見開いた。
「不良?なんで?不良がどうかしたの?」
「最近増えてきてるんだ。だから、志保のところにも来てるんじゃないかと思って」
そういうことか、と気が付いた。今の亮介の仕事は、不良が関係しているのかもしれない。
「大丈夫だよ。そんな人見たことないし。噂だってないし」
「そうか」
ほっと息を吐く音が聞こえた。
「じゃあ……」
「あっ、ちょっと待って!」
電話を切られそうになり、志保はあわてて言った。
「お父さんに言いたいことがあるんだけど」
ほんの少しでも明るい話をしたかった。不良についての会話だけで終わらせたくなかった。
「何だ。早くしてくれ」
亮介は少しいらいらした口ぶりだった。
「私ね、高校志望校に入れたんだよ。受験、一人きりだったけど、がんばったんだよ」
亮介が何を言ってくるか、少しどきどきした。しかし亮介の言葉はあまりにも空しいものだった。
「悪い。お父さんは仕事で忙しいんだ」
そして志保が何も言わないうちに、さっさと電話を切られてしまった。
受話器を握りしめ、志保はその場に立ちつくした。別に悲しくはなかった。もう慣れてしまった。何も感じないのは、少しおかしいだろうか。
こんなことで寂しいとくよくよしていては、警察官になれない。私は警察官の娘なのだ。
高校生活が始まり、一ヶ月ほど経ったある日、志保が学校に行くとクラスメイトたちが騒いでいた。みんな、困ったような、怯えたような顔をしている。
「何かあったの?」
後ろから声をかけると、その中の一人がくるりと振り向いた。
「あ、倉橋さん。おはよ」
そのクラスメイトにつられるように、全員が志保の方を見た。
「あのさあ、知ってる?今日、転入生が来るんだって」
「転入生?」
そんな話を聞いたことはなかった。もし聞いたとしても、興味がなく、すぐに忘れてしまっただろう。
「へえ……そうなんだ」
そう言うと、全員が暗い顔をした。
「その転入生、やばいらしいよ」
「やばい?」
うん、と頷き、クラスメイトたちは続けた。
「何か、すっごく暴力振るうんだって。しかもすごく強くて、喧嘩とか毎日やってるって」
「そうそう。平気で人のこと殴ったり蹴ったり」
「あ、あと恐喝とかね。めっちゃ怖いって」
志保は先日の父の電話を思い出した。最近、不良が増えていると言っていた。
「……不良みたいだね」
そう言うと、クラスメイトたちは首を横に振った。
「みたい、じゃなくって、不良なんだよ。……やくざの一人息子だって……」
やくざ……。本当にそんな人がいるのか、と志保は驚いた。しかも、この学校に転入するとは。
「大丈夫だよ。こっちが何かしなかったら、襲ったりしないって。そんなに怖がらなくても」
「そうかなあ……。私、変なことされないかなあ……」
「お金取られちゃうかも……」
みんなが、怯えていた。
しばらくすると、担任教師が不安そうな顔で教室に入ってきた。その後ろから、仏頂面の男子生徒がついてきた。