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「……ずっとわからなかった……。隼人のことが好きだって……」
志保は泣いていた。人前で泣くなんて、今まで一度もなかった。隼人は頭を撫でながら優しく声をかけた。
「何泣いてんだよ。俺にキスされたのが嫌だったのか」
すぐに首を横に振った。
「……違うの……。……私……私のお父さんは」
「警察官だから?」
隼人の言葉を聞いて志保は目を見開いた。どきりとした。
「知ってたの?」
「知ってたっていうか……。何となくそうかなって」
俯きながら隼人はため息を吐いた。
「やっぱり警察官か……」
「ごめんね」
志保はベッドの上で膝を抱えた。
「何でお前が謝るんだよ」
「だって、警察官とやくざなんて……。どう考えたって恋人同士になれないよ」
小さく震えた声を出すと、隼人はじっと顔をみつめ、大きく首を横に振った。
「恋人同士になれない?おかしいだろ。そんなの」
「だって敵同士なんだよ?私たち。本当はこうやって二人で一緒にいることだってばれたらまずいんだよ」
「敵同士?俺たちが?」
志保は目を丸くした。どうしてそんなことを言うのか。
「えっ、だって、敵同士じゃない。警察官とやくざは……」
すると隼人はじっと睨むように顔を見つめてきた。
「お前、親が敵同士だからって理由で、俺と別れるって思ってるのか。こんなに好きなのに」
「え……」
答えが見つからず志保は戸惑った。隼人は続けた。
「親なんて関係ないだろ。俺は志保の父親が警察官でも何でも、志保のことが好きなんだよ。お前が誰かにとられるなんて絶対に嫌だ。親のせいで俺たち別れなきゃいけないのか?」
志保は目を見開いていた。たとえ警察官の娘であっても、志保のことを愛してくれる人は隼人だったのだ。ずっと探していた。隼人が志保の運命の相手だったのだ。
「嫌だ……。私、隼人と別れたくない」
そう言って志保も飛び込むように隼人に抱きついた。
「私も、隼人がやくざの一人息子であってもいい。隼人と一緒にいたい」
隼人も優しく志保の体を抱きしめた。そのまましばらく何も言わずに抱き合っていた。
「……どうすればいいのかな……」
志保はため息を吐きながら震える声を出した。
「恋人同士にはなれるけど、結婚する時はばれるな」
志保は隼人の体から離れた。結婚のことまで隼人は考えていたのか。
「結婚?」
驚いた志保の言葉を聞いて、隼人はいじけたような声で言った。
「何だよ。結婚したくないのか?恋人で終わりにするのかよ。結婚は違う男とするのか?」
志保はすぐに首を横に振った。そして隼人の目を見つめた。
「結婚したい。私はもう結婚できる歳だけど、隼人はまだだめだから、今すぐには無理だけど、でも絶対に隼人のお嫁さんになりたい」
言ってすぐに思い浮かんだ。そういえば、やくざと結婚するにはどうすればいいんだろうか。普通の結婚でいいのだろうか。何だか違うような気がした。しかし結ばれたいという気持ちは本当だった。
「隼人は優しいんだって言えば、お父さん許してくれるかな」
弱弱しく言うと、隼人は暗い顔で否定した。
「そんなの信じてくれるわけないだろ」
「じゃあ、どうやって繋がればいいの?」
隼人は何か考えていた。必死に答えを見つけようとしていた。
「何か……絶対に切れないものがあればいいんだけど……」
「切れないものって?例えば?」
身を乗り出して聞くと、驚くべき言葉を言った。
「例えば……、子供……とか……」
思わず志保は立ち上がった。
「子供?私が、隼人との子供を産むってこと?」
緊張して足ががくがくと震えた。高校生で出産なんて早すぎると思った。志保は、出産は結婚してからするのがいいと考えていた。
「いや、だから、例えばの話だって」
そう言って隼人は志保を座らせたが、本気だったと感じた。
「他に方法ねえかな……」
また腕組みをした隼人を見ながら、志保は迷っていた。警察官の娘とやくざの一人息子が結婚をするにはどうすればいいのか。やはり子供を産むしかないのか。もし子供ができたら二人は結ばれるのか。
「……もしどうしても方法がなかったら……、……私、子供産むから……」
かすれた声でそう言ったが、隼人には聞こえなかったようだ。
「とりあえず、まだそのことは考えないで、恋人同士でいよう」
「うん」
志保はこくりと頷いた。これから隼人の彼女として過ごすのだ。新しい人生が始まったような気がした。




