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 明日香はちらりと浅霧の顔を見た。本当に浅霧は倉橋に惚れている。一年生の時からだ。いや、もっともっと前からかもしれない。何年も前からお互いに気になっていたように見える。

「どうしてコクらないのかなあ」

 小さく呟いた。しかし浅霧には聞こえなかったようだ。

 悔しいが、もう浅霧は倉橋が大好きなのだ。しかし何とも思っていないように自分に言い聞かせている。やくざは恋愛をしてはいけないというルールでもあるのか。無理矢理自分の恋心を抑えつけている。

 倉橋はどう思っているのだろうか。明日香は試してみることにした。

「ちょっと聞きたいんだけど」

 明日香は倉橋に声をかけた。本を読んでいた倉橋はそっと顔を上げた。

「明日香ね、浅霧くんと付き合うことになったの」

 すると倉橋は驚いた目をした。そして俯きながら言った。

「そうなの。よかったね」

 やっぱり、と確信した。倉橋も浅霧が好きなのだ。くすっと笑って明日香は言った。

「悔しい?浅霧くん取られちゃって」

「えっ?何のこと?」

 倉橋は目をそらした。冷や汗が流れているのがわかった。

「大好きな浅霧くん、取られちゃって」

「大好き?」

 うん、と頷いた。

「大好きなんでしょ?浅霧くんが。一年生の時から」

「何変なこと言ってるの?」

 動揺している。倉橋も自分の恋心を抑えつけている。

「私、別に、浅霧くんのことなんて好きじゃないよ」

「ほんと?」

 すかさず明日香は聞いた。顔を覗き込みながらもう一度言った。

「本当にそう思ってる?明日香が浅霧くんと付き合うの、本当は嫌なんじゃないの?」

 何も答えなかった。言葉が見つからないようだった。

「じゃあ、明日香、浅霧くんの彼女になるから。横取りしないでよ」

 倉橋は小さく頷いた。「わかってるよ」と消えそうな声で言った。


「浅霧くん、聞いて」

 教室に戻るとさっそく浅霧の元に向かった。

「今、倉橋さんに会いに行ってきたの」

「倉橋?」

 名前を聞いただけでこんなに反応するとは。明日香は続けた。

「倉橋さんに、浅霧くん好きじゃないの?って聞いてみたの」

「はっ?」

 浅霧は驚いた目で明日香を見つめた。

「倉橋さんねえ、浅霧くんのことなんて好きじゃないって。別に何とも思ってないって。残念だったね」

 一瞬にして浅霧の顔色が変わった。唸るような低い声で言った。

「何でそんな余計なこと……」

「ごめんごめん。だけど、倉橋さんが浅霧のこと好きだったら、両想いになれると思って……」

 そこで口を閉じた。浅霧が殺人鬼のような目をしていた。これ以上何か言うのはやめたほうがいいと思った。 




 シホちゃん、間違えてるよ……。

 心の中でミユキは言った。シホちゃんは恋をしている。好きな男の子がいるんだ。気付いていないだけで、本当はとても深く愛している。ミユキは過去を思い出した。自分が初めて恋をした時だ。クラスでとても可愛いと言われている女の子がいた。水島美幸みずしまみゆき。名前もまだ覚えている。雪のように綺麗な姿で、美幸の周りには必ず誰かがいた。全く気取っていない、謙虚な性格だった。一目ぼれだった。深く愛していた。まだ小学生で愛するなんて大げさだが、本当に愛していた。美幸が好きなものは何でも好きになった。あまり甘いものは食べなかったが、美幸が好きだったから食べるようになった。また、美幸に食べてもらいたくて和菓子の作り方も勉強した。大きくなったら和菓子屋で働くと決めたのだ。残念なことに美幸は海外に行ってしまい、もう二度と会えない存在だが、それでも和菓子屋を続けていく。もしかしたらまた会えるかもしれない。美幸を待ちながら、いろんな人に和菓子を食べてもらいたい。

 このミユキと同じように、シホも誰かを愛している。どうして恋愛として受け取らないのかわからない。何か理由があって、自分は恋をしてはいけないと思っているのだろうか。せっかくの高校生活を無下にするなんてもったいない。何とかして相手を見つけてあげたいが、ミユキにはどうすることもできない。せっせと働いているシホを見ながら、ため息を吐いた。絶対にシホには幸せになってほしいと心から願った。

 

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