32
クラス替えによって浅霧と離れ離れになった志保は、本気で勉強に専念することにした。来年は受験生だ。高校は無事に受かったが、大学受験はもっと難しいと思った。浅霧の正体を暴くのは今はやめておくことに決めた。浅霧がいない学校生活は何ともつまらないものだった。基本的に誰とも付き合わない志保は常に一人きりだ。しかしそれでも気持ちはブレない。気持ちがブレるのは浅霧の前だけなのだ。正体不明の浅霧。まさにうろんな男だ。
アルバイト中にミユキに聞かれた。
「好きな男の子できた?」
すぐに志保は首を横に振った。
「だから私は好きな男の子なんて」
「前にも言ったじゃん。高校生が一番楽しい時だって。俺は美幸が忘れられなかったから恋人作んなかったけど、周りの奴らは好きな人と幸せに過ごしてたよ」
志保の心の中にある思いが生まれた。それは普通の人間だからできることだ。警察官の娘の志保は亮介に内緒で恋をしてはいけない。
「シホちゃん今好きな男の子いるんでしょ」
「えっ」
驚いて目を丸くした。ミユキはにっこりと笑った。
「今私は恋をしてますって顔に書いてあるよ」
「そ、そんなことないです」
志保は首を横に振った。ミユキはさらに続けた。
「そう。そうやって、恋愛を恋愛として思わないようにしてるんだよ。自分の心をごまかそうとしてる。……どうして恋として受け取らないの?」
志保の胸がおかしく動き出した。浅霧の顔が頭に浮かんでくる。
「恋愛なんか興味ないし」
「ほら、また逃げようとする」
「ミユキさん、もうこの話……」
志保が言いかけると、ミユキは断言した。
「恋をするって、とっても大事なことなんだよ。嘘じゃないよ。このまま何もしなかったら、何ともつまらない人生を送ることになるよ。勉強よりも恋愛の方が大事だと俺は思う。特に女の子は恋をするのとしないのとではかなり違う。俺は、シホちゃんが好きな男の子と一緒に幸せそうに笑ってるのを見たいんだよ」
浅霧とのやりとりが頭の中で飛び交う。体から力が抜けそうになった。もう何も言われないようにミユキから逃げた。
それからずっと、浅霧が自分をどう思っているのかを考えた。大学受験など到底できそうになかった。
不安定な毎日を過ごしていたある日、同じクラスの猿田博という男子に声をかけられた。サッカー部のエースだとか言われていた。
「なに?用って?」
そう言うと猿田はお辞儀をするように頭を下げた。
「もしよかったら、俺と付き合ってくれないかな」
「えっ?」
まさか告白をされるとは思っていなかった。志保はスポーツなんか興味がない。
「だめかな……」
泣きそうな顔でもう一度言われた。志保は「いいよ」と無意識に答えていた。
ミユキに猿田と付き合うことを伝えると大喜びしてくれた。
「よかったねえ。好きな男の子できて」
しかし志保はそんなに嬉しくなかった。はっきり言って気を遣うだけで何の楽しみもなかった。志保が勉強していると「倉橋って勉強ばっかだなあ。もっと体動かしたりしろよ」といちいち口を出してくる。だが志保は運動は苦手だし、好きではなかった。猿田が出ているサッカーの試合も見に行かなかった。
「何で応援に来てくれないんだよ」
「ごめん。でも受験勉強しなきゃいけないから」
すると猿田は睨みつけてきた。
「倉橋って性格悪いんだな。普通、彼氏が好きなものは自分も好きになろうとか考えるだろ」
志保はため息をついた。真っ直ぐ猿田を見つめながら言った。
「私たち、趣味が合わないんだよ。猿田くんはスポーツ好きだけど私はスポーツに興味がない。私は勉強が好きだけど、猿田くんは嫌い。恋人同士になんかなれないんだよ」
そしてたった二週間の恋は終わった。ミユキには「落ち込んじゃだめだよ」と言われたが、むしろすっきりしていた。
私が本当に好きなのは猿田じゃない。もっと違う人がいるんだ。では誰が……。そう思うたびになぜか浅霧の名前が浮かぶ。……警察官の娘がやくざの一人息子を好きになるわけがないのに……。




