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 倉橋家からの帰り道に、隼人は動揺していた倉橋の姿を頭に浮かべた。父親の仕事について、なぜあんなにあわてていたのだろうか。絶対に隼人には話せない仕事なのか。ふと思いついたのが「警察官」だった。二年半も家に帰れないというのも重なる。やくざの隼人に父親が警察官だとは言えないだろう。警察官の娘はやくざなんて何てことないのだろうか。隼人のすぐとなりにいた倉橋を思い出した。

 だとしたら敵同士であるやくざの隼人とは近寄らないのではないか。なぜ転入生がやくざの一人息子だと父親に言わないのか。部屋に泊まったり泊まらせたりするだろうか。もしかしたら隼人が弱い人間だと気が付いているから平然としているのか。だが実際に隼人が怒鳴ったりすると怖がったりしている。やはり倉橋は正体不明の、うろんな女だった。


 そんな日々が続き、隼人たちは二年生になった。不登校ばかりしていたから留年だと思っていたが、進級することができた。しかしクラス替えがあり、倉橋とは違うクラスになってしまった。代わりに小杉明日香が同じクラスでとなりの席になった。倉橋とは違い小杉はとにかくおしゃべりな奴だった。

「一年の時は本当に嫌な思いさせてごめんね」

「浅霧くんが明日香のこと嫌いなのはわかってるの。でも明日香、まだ忘れられなくて……」

「ほんの少しでもいいから仲良くなりたいって思ってるの」

 など、授業中でも構わず話しかけてくる。最近では頼んでもいないのに弁当など作ってきたりする。

「浅霧くんが元気になれるように、がんばって作ったの!おいしくなかったらごめんね」

 隼人はうんざりした。どうして男子たちはこんな女と付き合いたいのだろうか。小杉にしつこくされるたびに倉橋のことを考えている。今、倉橋のとなりにはどんな男が座っているのだろうか。なぜか心配で仕方がない。この馬鹿女と取り替えてほしかった。倉橋が何者なのか調べるために学校に来ているようなものなのだ。

「あ~さぎ~りくんっ」

 また小杉がやって来た。

「ねえ、これから明日香、浅霧くんのこと隼人くんって呼んでもいい?浅霧くんも明日香って呼んでいいよ」

 そう言って腕に絡み付いてきた。勢いよく振り払うと、「うえ~ん」と嘘泣きをした。これがまた頭にくる。しかもこんなことを言ってきた。

「浅霧くん、好きなコいるでしょ」

「は?」

 驚いた隼人を見てくすっと笑った。

「恋してるって顔に書いてあるもん」

 どきりとしていたがすぐに首を横に振った。

「お前って本当に馬鹿な奴だな」

 だがさらににっこりと小悪魔の笑みをしながら言った。

「倉橋さんでしょ」

「えっ」

「浅霧くん、倉橋さんが好きなんでしょ」

 ばくんばくんと心臓が鳴る。動揺がばれないように気をつけていた。

「何で倉橋のことが好きなんだよ」

「だって前に彼女だったし」

「彼女じゃねえよ」

 どうしてこんな女に緊張しながら話さなきゃいけないんだと思った。

「じゃあ、どうして倉橋さんとしかおしゃべりしなかったの?」

「関係ねえだろ」

 小杉はふふっと面白そうに笑った。

「違うよ。浅霧くんは倉橋さんのことが好きなの。ほら、今だって倉橋さんのこと考えてる」

「いい加減にしろよ」

 声を荒げると小杉は隼人の顔を指差した。

「それじゃあ聞くけど、もし倉橋さんに好きだって言われたらどうする?ふる?明日香の時みたいに」

 返す言葉が見つからなかった。完全に遊ばれていると思った。小杉はさらににやりとした。

「素直に好きだって思わなくしてるの。これは恋愛じゃない。自分は倉橋さんに恋なんかしてない。……どうしてそう思っちゃうのかわかる?」

「……なんだよ……」

 小杉の目を見つめた。小杉は断言するように言った。

「自分がやくざだからだよ。もし好きだって言って、やくざだからごめんなさいって言われたくないから。倉橋さんにやくざって言われたくないって思ってるんでしょ」

 隼人は机の上を思い切り叩いた。小杉を叩くわけにはいかなかった。「きゃっ」っと驚いた声を出して小杉はまた嘘泣きをした。

 隼人はすぐにその場から離れた。小杉の言葉を頭から消そうとした。

 浅霧くんは、倉橋さんのことが好きなんだよ……。

 違う。確かによく考えたりしているが、それは好きだからじゃない。

 じゃあもし倉橋さんに好きだって言われたらどうする?ふる?

 冷や汗が流れた。そんなことが起きたら、隼人はどうするのだろうか。それにもし倉橋が警察官の娘だとしたら……。警察官の娘がやくざの一人息子を好きになるわけがないだろう、と隼人は首を横に振った。しかし胸の鼓動は速いままだ。

 そもそもやくざは恋愛なんてしない。誰かに好かれたり誰かを好きになるなんてありえないのだ。

 

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