28
特に行くあてもなく、ぶらぶらと隼人は歩いていた。部屋の中にいても仕方がない。外の風を浴びている方が心地よかった。また不登校をしている。いつもあの倉橋が関係している。あの女がいると、なぜか隼人は動揺してしまう。本当の弱い自分が出てきそうになるのだ。倉橋が部屋に泊まった夜、隼人は倉橋に本当の自分を見せてもいいと思った。すぐにやめたがもし話していたらどんな目で隼人を見ただろうか。「やくざだから」という言葉はとにかく衝撃的だった。倉橋にやくざだと思われていたとは。やはり倉橋も他のクラスメイトたちと一緒だったということだ。やくざじゃなかったら?という質問にも答えてくれなかった。 いろいろと考えても何も出てこない。隼人は昔秘密基地としていた輪間公園に行くことにした。高校生になってから一度も行っていない。誰も人がいなかった。ここはとても落ち着く隼人だけの空間だ。隼人しか入れない場所だ……。
ふと隼人は気が付いた。いや、一度だけこの空間に入ってきた人間がいた。いつだったかは忘れてしまったが、確かベンチで座っている時に声をかけられたような気がした。
しかしもうそんな人間のことなんか考えても意味がない。これからどうやって過ごすのかが大切だ。いつの間にか隼人は眠っていた。
極道になりたくない……。家に帰りたくない……。そう思っている隼人の後ろから、誰かが話しかけている。
どうして家に帰りたくないのか、家がおかしいのか……。そして隼人の心を見透かすような言葉を言ってきた。とても知りたがりな奴だった。いったい誰だったのか……。
そっと目を開けた。そばに誰かがいる気配がした。隼人の横に倉橋が座っていた。はっとして起き上がった。
「またお前」
「言いなりになんかなってないもん」
いじけた声で隼人の言葉を遮った。
「はっ?」
倉橋は前を向いたまま、また言った。
「別にあんなに怒んなくたっていいじゃない。人の話聞かないで勝手に怒鳴って」
「な、何だよ」
話しかけても顔を向けてこない。さらに続けた。
「私は言いなりになってたんじゃなくて、約束守ってただけだし。文句があるなら小杉さんに言ってよって感じ」
「小杉?あいつがどうかしたのかよ」
「小杉さんが、浅霧くんと二人きりになりたいから、もう浅霧くんと話すのはやめろって言われて、無視してただけだし」
「えっ?」
隼人は驚いて目を見開いた。そんなことがあったのか。
「どうしてそれを早く言わないんだよ」
そう言うと、ふんと顔を横に向けた。
「話そうとしたら怒鳴られたんだよ」
頭に来てるんだなと隼人は思った。どうしても隼人に言ってやりたくてここに来たのだろう。
「怒鳴って悪かったよ」
そう言ってからぎくりとした。やくざは人に謝らない人間ではないか。弱い自分が出てしまったと動揺した。しかし倉橋は気が付いていないようだった。
「もっと話聞かないとだめだよ」
ようやく倉橋は隼人の顔を見た。
「……じゃあ、私はこれで……」
もう用が終わったというように立ち上がったが、何かに気が付いたように聞いてきた。
「部屋にいたくなくてここにいるの?」
「ああ、まあ……」
あいまいに頷くと、倉橋は驚くべきことを言った。
「じゃあうちに来る?」
「えっ?お前ん家?」
「そう。前に言ったでしょ。私のお父さん、もう二年半も家に帰ってこないって」
「だ、だけど……」
動揺している隼人を倉橋は真っ直ぐに見つめた。
「ほら、早く。行くよ」
そのまますたすたと歩き出す。
「ちょ、ちょっと待てよ」
あわてて隼人もついていった。




