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 学校ではまた浅霧は怖い存在と言われるようになった。特に今まで浅霧をかっこいいと言っていた女の子たちは余計に怖がっていた。自分も明日香のような目に遭っていたかもしれないのだ。浅霧も学校に来なくなった。何もかも元通りだ。しかも志保は浅霧にやくざだと言ってしまった。もっと状況が悪くなってしまったのだ。

 もう浅霧を調べるのはやめると志保は決めた。浅霧よりも勉強の方を優先することにした。学校に来ない人間をあれこれ心配している暇なんてない。

 忙しい日々を送っていたある日、ミユキがこっそりと声をかけてきた。

「シホちゃん、あそこに長い髪の人がいるだろ」

 ミユキの指差した方を振り返った。背が高く大人びた女性が店の隅に立っていた。

「綺麗な人ですね」

 羨ましい声でそう言うと、ミユキは声をひそめた。

「あの人、毎日ここに来てるんだ」

 志保は目を丸くした。

「和菓子が好きなんですね」

「そうじゃないんだよ」

 ミユキはさらに声を小さくした。

「何も買わないんだよ」

「えっ?」

「いつもああやって店の中から外を見てるんだよ」

「どうして……」

 ミユキはうーんと首を傾げた。

「よくわかんないけど、誰かを探してるような……待ってるみたいな感じがするんだよね。お菓子買いに来てるんじゃないんだよね」

 確かに和菓子には目もくれない。ずっと店の窓から外を見つめている。ミユキの言う通り誰かを待っているような顔だ。

「何でしょうね。ここで誰かと待ち合わせでもしてるんでしょうかね」

「でも毎日のように来るんだよ。ちょっとおかしくない?」

「うーん……」

 ミユキは笑いながら言った。

「まあ、別に邪魔だとか思ってるわけじゃないんだけどね。なんでかなあって思って」

 志保も気になってしまった。女性は店が閉まる直前までいる。本当に不思議な客だった。志保とミユキは謎の女性を「待ち人さん」と呼ぶことにした。

「また今日も待ち人さんが来てるよ」

 苦笑しながらミユキが言った。

「本当、誰のこと待ってるんでしょう?」

 独り言のようにそう言うと、ミユキは答えた。

「恋人かな?」

「えっ?」

「だって、あんなに綺麗な人だよ。恋人とか絶対いるって」

「そう……ですかね……」

 志保はあまりそう感じなかった。


 その待ち人さんが突然志保に話しかけてきた。

「……あの……」

 志保は驚いて目を大きくした。声も美しかった。絶世の美女だというのはこういう女性をいうのか。

「ちょっとお聞きしたいのですが……」

「な、何でしょう……?」

 胸がどきどきした。見つめられるだけで緊張する。こんな美しい姿で生まれたかったと羨ましくなった。

「あなたは今、高校生?」

「そうですけど」

「何年生?」

「一年です」

 すると待ち人さんはにっこりと微笑んだ。

「あの、それがどうしたんですか?」

 少し硬い口調になってしまった。

 待ち人さんは懐かしいものを眺めるように志保を見つめた。

「何でもないんです。ただ高校生を見ると、ぎゅっと抱きしめてあげたくなるんです」

「抱きしめたくなる?」

 こくりと待ち人さんは頷くと、また優しく笑った。

「抱きしめられるとほっとしませんか?暖かくなって、不安な気持ちなんかどこかに行って」

 志保は、そういえば自分はあまり誰かに抱きしめてもらったことがないと気が付いた。

「あの、抱きしめてもいいですか?」

「ええっ?」

 変な声を出してしまった。しかしすぐにこくりと頷いた。

「わ、私でよければ」

 待ち人さんはゆっくりと志保の背中に腕を回した。柔らかい温もりに包まれ、志保はどきどきした。確かに誰かに抱きしめてもらうとほっとする。不安なことなんて全部消え去る。ぼんやりしていると、待ち人さんは志保の体から離れた。

「ごめんなさい。変なこと言って」

「いえ……。そんなこと……」

 待ち人さんは小さく頭を下げると、後ろを振り返りそのまま歩いていった。

 


 

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