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 はあ、と隼人はため息をついた。どうしてこんなに人が集まってくるのか。女子にきゃあきゃあと騒がれ、はっきり言ってうんざりする。周囲の人間たちの態度がまるっきり逆になったのだ。一人でいるのは嫌だ。けれどこんなに大勢の人に囲まれるのはもっと嫌だ。しかも変な噂まで流れるようになった。隼人と倉橋が恋人同士だと言うのだ。すぐに倉橋が、誰かに部屋に泊まったというのをばらしたのだと思った。

「倉橋、どういうことなんだよ!毎日毎日俺とお前が恋人同士だとか変なこと言われるんだけど」

 しかし倉橋も困った顔をした。

「わかんないよ。私も毎日同じこと繰り返し聞かれて」

 嘘をついているようには見えなかった。というか、この女は嘘がつけない性格だと感じた。

「俺の部屋に泊まったって誰かに言ったんだろ」

 すると倉橋は驚いて目を大きくし、首を横に振った。

「言ってないよ」

「じゃあなんで」

「みんなが勝手に変な妄想してるだけだよ。私は言ってない」

 倉橋が言っていることは正しいと思った。だが隼人はもう話しかけないと決めた。話していると恋人同士に思われるのなら、話さなければ恋人同士に見られない。この噂が消え去った後に、また倉橋と話せばいいと考えた。とりあえず今は離れた方がお互いにいいと思った。そして何よりも恋人同士という言葉が隼人の心の中を揺らした。周囲の声に流されて、倉橋を違う目で見るようになるのが怖かった。隼人が倉橋を気になっているのは恋愛をしたいからではない。正体が知りたいのだ。

 隼人は首を傾げた。そういえばやくざとはどのようにして恋愛をするのだろうか。やくざが一般人と恋をする話なんて聞いたことがない。やくざと付き合いたいという女なんかいない。巌残とフミはどうやって結ばれたんだろうか。だがすぐに隼人は首を横に振った。まだ相手がいないのにこんなことを考えても無駄だと思った。

 倉橋と離れるようになってから、なぜか隼人は周りから注目された。今までのように怖いと言われると思っていたのにだ。たくさんのクラスメイトたちに囲まれてしまうため、倉橋がどこにいるのかわからない。どんどん距離が遠くなっていく気がした。結局関係はふりだしに戻ってしまった。倉橋と一緒にいたいと思っても、邪魔な人間がいるせいで見つけられない。

 複雑な思いのまま過ごしていたある日、隼人はこっそりと倉橋に声をかけてみた。

「なあ、もう恋人同士とか言われてないか?」

 しかしなぜか倉橋は答えない。顔も向けてこない。聞こえなかったのかと思いもう一度声をかけた。

「おい、聞いてんのか」

 だが知らん振りだ。いったいどうしたというのか。隼人が無視をしたから倉橋も無視をするようになったのか。隼人はどきりとした。その日から誰も見ていないところで声をかけてみたが、聞こえないフリをしたり、その場から立ち去ったり隼人を避けている。どきんどきんと胸が嫌な音をたてて速くなる。冷や汗を流しながら考えてみた。無視をされた仕返しをしているのか。それともやはりやくざだから一緒にいるのは嫌だと思ったのか。もしそうだったらと思うと体が震えた。絶対にそれだけは嫌だ。倉橋にやくざだと思われたくなかった。実際にどうなのか知りたくなり、隼人は聞いてみることにした。きちんと答えてくれるのかはわからない。帰り支度をしている倉橋の腕を掴むと、低い声を出した。

「ちょっと話がある。こっちに来い」

「ちょ……放してよ」

 倉橋は腕を振り払おうとしたが、無理矢理誰もいない場所に連れて行った。

「何で俺のこと無視するんだよ」

 単刀直入に言った。倉橋は目を合わせないようにしている。

「俺が無視したからか?どうなんだよ。言えよ!」

 隼人は怒鳴り声を出した。何も言わないのがいらいらした。

「早く」

 隼人の言葉を遮るように、倉橋は鞄からあるものを取り出した。手紙だった。それをゆっくりと隼人に差し出した。

「何だよこれ」

 受け取りながら聞いたが、倉橋は頭を下げると「じゃあ私の仕事はこれで終わりだから」と言った。そしてくるりと後ろを振り返った。あわてて隼人は手を伸ばした。

「まだ話終わってねえよ!」

 すると倉橋は目をそらしながら聞いた。

「話って?」

「だから、どうして俺のことを」

 突然倉橋は隼人の顔をじっと見つめた。そして消えそうな声を出した。

「……だって……。浅霧くん……やくざだから……」

 体中から力が抜けた。まさかそんなことを言われるとは思っていなかった。なぜか倉橋も驚いた目をしていた。しばらく二人はお互いの顔を見つめたまま立ち尽くしていたが、無意識に言葉が出てきた。

「……やくざじゃなかったら?」

「えっ?」

 さらに倉橋は目を大きく見開いた。

 隼人は息を落ち着かせると、もう一度繰り返した。

「もし俺がやくざじゃなかったら……?無視しないのか?」

 隼人の言葉に倉橋は動揺していた。しかしすぐに首を横に振った。

「……わかんないよ……そんなこと……」

 そう言ってくるりと振り返り、走っていった。

 

 今までたくさんの人間たちに「やくざ」だとか「怖い」だとか言われてきた。そのたびに隼人は傷ついた。だがもうそれが当たり前だと思うようになった。周りの人間たちに嫌われてもいい。何と言われてもいい。けれど、倉橋だけにはやくざだと言われたくなかった。絶対に言われたくなかった。


 

 


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