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明日香に付きまとわれる日々を送っていたある日、明日香がこんなことを言ってきた。
「ねえ、もう倉橋さん、浅霧くんと仲良くするのやめてね」
「はっ?」
意味がわからなかった。明日香は髪の毛をくるくると指でいじりながら言った。
「だから、話しかけられても無視したりするの」
「何で……?」
冷や汗が流れた。心の中がじわじわと暗くなっていく。
「だってえ、倉橋さんがいたら明日香、浅霧くんと二人っきりになれないじゃない。それに倉橋さんは元カノだから、また付き合いたいって思うかもしれないし。明日香、浅霧くんの彼女になりたいの。倉橋さんだって協力するって言ってたじゃない」
志保は、はあとため息をつくと頷いた。
「……わかった……。もう話しかけられても無視するよ」
ぱっと明日香は笑顔になった。
「ありがとー!本当、倉橋さんっていい人~!あ、でも、なんかごめんね。明日香が浅霧くんと恋人同士になったら、また話しかけてもいいからね」
「わかった……」
小さく呟くと、嬉しそうに明日香は歩いて行った。
その日から志保は浅霧と会話しないようにした。目も合わせない。となりにいても、知らん振りだ。
「倉橋」
浅霧に声をかけられた。聞こえないフリをしていると、無理矢理肩を掴まれた。
「お前なんで何も言わねえんだよ。聞こえてんだろ」
志保は首を横に振った。もう何も話さないと言われたのだ。志保が廊下を歩いていると、浅霧に呼び止められた。
「ちょっと待て。これからどこに行くんだ」
「どこだっていいでしょ」
声を出してしまったが、これは別に問題ない言葉だと思った。
「倉橋さん、浅霧くんと話したりしてる?」
休み時間になると明日香がいちいちやってくる。うんざりしたが、「してないよ」と短く答えた。
胸の中のかたまりが日に日に大きくなっている。どうしてこんなに心の中が揺れるのか。浅霧が明日香と付き合っても別に何の問題もない。しかしどうしてもかたまりは消えてくれない。
気付いてないだけじゃないの……?ミユキの言葉が頭の中に響いている。もっと自分の気持ちに素直になってみなよ……。でも、本当に好きな人はいないのだ。それに何となく亮介に内緒で恋人を作るのはいけないと思った。亮介にいいと言われた人としか付き合ってはいけないと思っていた。
やがて明日香があるものを手にして志保の目の前に現れた。にっこりと笑って、手に持っていたものを机の上に置いた。それは手紙だった。
「これ、浅霧くんに渡して」
「えっ」
明日香ははにかむようにえへへ、と言うと続けた。
「ラブレター書いたの。浅霧くんに渡して。倉橋さん、協力してくれるって言ったでしょ?」
志保はぐったりとした。こんな役もしなきゃいけないのか。協力すると言ってしまったことを後悔した。
「でも、私からじゃなくて小杉さんが直接……」
「お願いね!」
志保の言葉を遮りそう言うと、明日香は行ってしまった。
「ちょ……ちょっと……」
しかし志保は手紙を手に取ると、鞄の中にしまった。
アルバイトが終わり家に帰った。話すのはやめろと言われたのにどうやって浅霧に渡せばいいんだ。本当に勝手だなあと思った。鞄を開けると中に手紙が入っている。
「いつ渡せばいいのかな……」
小さく呟いた瞬間、胸のかたまりが一気に増大した。
「うっ……」
志保はしゃがみ、しばらく立てなかった。




