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志保が部屋に泊まったのがきっかけになったように、翌日からまた浅霧は学校に来るようになった。相変わらずダンマリで、クラスメイトと目を合わせないようにしているが、一つだけ変わったことがあった。志保と話すようになったのだ。仲良くなったわけではないが、ほんの少しは距離が縮んだ感じがした。するとおかしな噂が立ち始めた。志保はあまり話しかけられないのだが、女の子数人が集まってやって来た。
「倉橋さん、聞きたいんだけど」
「なに?」
本当は無視したいところだが、志保は答えた。
「倉橋さんって、浅霧くんと付き合ってるの?」
目が点になってしまった。
「は……はあ?」
「だって浅霧くんって、倉橋さんとしか話さないじゃない」
「いや、だからって……」
「倉橋さんが浅霧くんのこと怖がらなかったのって、彼氏だったからでしょ?」
「ちょっと……ちょっと待って……」
噂大好きな女子たちに圧倒され、志保は変な汗が出てきた。
「どっちから告ったの?」
「ちょ……待って……」
志保の言葉を聞かず女の子たちはその場を去った。
翌日から、噂は一気に広がった。しかも尾ひれが付きまくり、クラスメイト全員が志保と浅霧は恋人同士だと信じるようになった。もちろんこれは浅霧の耳にも入った。
「倉橋、どういうことなんだよ!毎日毎日俺とお前が恋人同士だとか変なこと言われるんだけど」
怒鳴られても志保だってどうすればいいのかわからない。
「わかんないよ。私も毎日同じこと繰り返し聞かれて」
「俺の部屋に泊まったって誰かに言ったんだろ」
驚いて目を見開いた。すぐに首を横に振った。
「言ってないよ」
「じゃあなんで」
「みんなが勝手に変な妄想してるだけだよ。私は誰にも言ってない」
浅霧はじっと顔を見つめてきた。
「本当だな?本当に言ってないな?」
「本当だよ」
しかし浅霧は信じてくれなかったようで、話しかけても無視された。元の関係に戻ってしまった。二人が別れたという噂も流れ、「落ち込まないでね」というおせっかいな言葉も言われた。
志保と別れてから、なぜか浅霧は人気者になった。今までいらないもののように扱ってきたのにだ。女の子たちは「よく見るとかっこいい」と騒ぎ、常に浅霧のそばにいた。それなのにずっと一緒にいた志保は無視されている。さらに浅霧が好きだという女の子がいることも知った。違うクラスの、小杉明日香という名前の子だ。男子からの人気は最高で女子からの人気は最低の、いわゆる魔性の女だ。何度も男の子から告白される可愛い女の子だ。しかし性格は酷い。告白され一度は付き合うのだが、急に別れたりするのだ。理由は「飽きちゃった」「つまんなくなった」など、とにかく最低なのだ。それをわかっているのに数多くの男子たちが明日香を彼女にしたいと願っている。明日香が彼女だと言うと尊敬の目で見られるからだ。そんな明日香が自ら好きになるのは初めてだった。今まで告白をされていた側だったのに、告白をする側になったのだ。
「ちょっといい?」
明日香に声をかけられ、志保は明日香の方を向いた。明日香はにっこりと微笑んでいた。男だったら一発で落ちる天使のような笑みだった。
「あのね、倉橋さん、前に浅霧くんと付き合ってたでしょ」
「付き合ってないってば」
またそのことか、と志保はうんざりした。
「で、今浅霧くん、彼女いないんだよね?」
「いや、知らないけど」
すると明日香はにやりと笑った。
「浅霧くんのこといろいろ教えてくれないかなあ?倉橋さんだったらわかるでしょ?」
「えっ」
志保は目を丸くした。続けて明日香は言った。
「明日香ねえ、浅霧くんのこと好きになっちゃって。彼女になりたいの!でもさあ、いきなり告白するのはちょっと不安だから、倉橋さんにいろいろ教えてもらおうって思って」
「彼女?」
志保は汗を流した。すぐに首を横に振った。
「そんなこと言われても……」
突然明日香は身を乗り出し、むっとした顔を見せた。
「なあに?もしかして、浅霧くんとのことまだ引きずってんの?恋っていうのはね、過去を引きずっちゃいけないの!それとも、明日香が浅霧くんと恋人同士になるのが嫌なの?」
「ち、違うよ」
志保は後ろに後ずさった。冷や汗が出てくる。明日香はぱっと明るい笑顔に戻った。
「倉橋さんと別れちゃって、きっと浅霧くん寂しいと思うし。ねえ、明日香と浅霧くんってお似合いだよね」
ここまで来るともう何も言えないと志保は思った。
「いいんじゃない?浅霧くんも喜ぶと思うよ」
「でしょ!倉橋さんっていい人~」
そう言うと、明日香は小さくウインクしてきた。
「明日香と浅霧くんが恋人同士になれるように協力してくれるよね」
呆れながら志保はあいまいに頷いた。
「いいよ。でも本当、私浅霧くんと付き合ってないから」
しかし明日香は志保の言葉を聞かず、踊るようにその場から去った。




