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 携帯電話なしの生活は辛かったが、今までだって携帯電話なしで生活してきたんだから、と自分に言い聞かせ、志保は日々を過ごした。

 しちふくのアルバイトはとても楽しく、着付けも慣れてきた。何より人と一緒にいられるのが嬉しいのだ。家に帰ったって何もない。もっと近くに家があればよかったと何度も思った。

 あの夜から、襲いかかってくる謎の人物はいなくなった。鞄がうまく顔にぶつかってよかった。いったいあの人物は誰だったのだろう。そして何を言おうとしていたのか。

 学校では未だに浅霧はやって来ない。もう来ないんだなという気持ちになって、心配もしなくなった。亮介からの電話もいっこうにかかってこない。仕事が忙しいせいで電話がかけられないのだと志保は思っていた。志保のことが嫌いだからではないのだ。亮介は遊んでくれない父親だったが、警察官だからなのだ。警察官は気が遠くなるような仕事をしている。特に大きな問題はなく、穏やかな毎日だった。

 事件が起きたのはしちふくのアルバイトがお休みで、さらに学校も休みの日だった。志保が買い物をしていると、声が聞こえた。しかし志保は無視をした。

「おい」

 そう言って声の主は志保の腕を思い切り引っ張った。驚いて見上げると浅霧の顔があった。

「あ……あさ」

 上手く言葉が出せない。浅霧に口をふさがれ、さらに目までふさがれ、ずるずると引きずられるようにどこかに連れて行かれた。

 浅霧が立ち止まったのは、小さいアパートの前だった。目をふさいでいた手は外してくれたが、まだ口はふさがれたままだ。またひきずられてある部屋に入った。床に座らされてようやく手が全て外された。

「……あの……ここは……?」

 志保が部屋を見回しながら聞くと、浅霧は目を合わせないようにして答えた。

「俺の部屋だよ」

「えっ」

 志保は驚き、少し後ずさった。

「どうして私が浅霧くんの部屋に」

 すると浅霧は机の上に置いてあったものを持ってきた。

「これ、お前のだろ」

 差し出されたのはなくしてしまった携帯電話だった。さらに志保は驚いた。

「え……なんで、浅霧くんが、私の携帯を」

「図書館に置き忘れてたんだよ」

「ええっ」

 志保は携帯電話をなくした日のことを思い出した。あの時ミユキに呼ばれ、志保はとても焦っていた。鞄のチャックだって閉じるのを忘れていたくらいだ。携帯を置き忘れるのもわかる。

 でも、どうして浅霧くんは図書館にいたの?と聞く前に、浅霧はいじけたように言った。

「返そうと思っても逃げるし。しかもぶん殴ってくるし」

 ああ、と気が付いた。あの謎の人物は浅霧だったのか。よく見たら頬が少し赤くなっている。

「ご、ごめん。でも、あんなことされたら誰だってびっくりするよ」

 しかし浅霧は何も言わず、そっと目をそらした。

 志保はほっと息を吐いた。変な人におかしなことをされなくてよかったと思った。浅霧は勝手に携帯電話を覗いたりしないだろう。携帯電話を鞄にしまうと、志保は頭を下げた。

「ありがとう。浅霧くん。すごく困ってたから。見つけてくれて本当ありがとう」

 浅霧はなぜか後ろを向いてしまった。

「それにしても、浅霧くんってこんなところに一人で住んでたんだね」

 別に悪気があって言ったのではないが、浅霧は睨んできた。

「悪いか」

「あ、いや……。なんか意外だなあって思って」

「意外?」

「うん……。一人暮らししてるって、ちょっと意外かな……って思っただけ」

 ごめん、という意味で胸の前で手を合わせると、ふんとまた後ろを向いてしまった。

「男の子で一人暮らしって大変じゃない?料理とか自分で作ってるの?」

 また根掘り葉掘りの始まりだ。やくざの一人息子が炊事をしていたら驚きだ。

 だが浅霧は黙ったままだった。窓に近づき外を見た。

「お父さんとお母さんとかはどこにいるの?遠く?」

 質問が止まらない。だがせっかく浅霧の部屋に来たのに何も知らないまま帰るのは嫌だった。

「何やってるの?」

 志保も窓に近づくと、浅霧はいきなり聞いてきた。

「お前、家どこにあるんだ」

「えっ?家?」

「そうだよ。ここから近いか」

 志保は困った。このアパートがどこにあるのかわからなかった。

「近いかって言われても……。目ふさがれてたからわかんないよ」

 浅霧はそういえばそうだと気が付いたらしく、何か考え始めた。

「どうしてそんなこと聞くの?」

 すると浅霧は命令をするように言った。

「お前、ここに泊まれ」

「えっ?」

 一瞬意味がわからなかった。心臓がばくばくと速くなった。

「え……?ここに……泊まる?」

「そうだ。今日は俺の部屋に泊まれ」

 素っ気ない浅霧の声を聞き、志保はえええええ?と大声で叫んだ。




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