17
学校が終わると、すぐにしちふくに行った。しかし携帯電話は見つからなかった。ミユキも知らないと言う。
「どこに行ったんだろうね。心配だね……」
ミユキは困った顔をした。
ずっとしちふくにいたので、また帰りが遅くなった。気が暗くなっているからか、歩き方も昨日と違っていた。変なことに使われていないか。電話番号を登録していたのがしちふくとミユキだけだったのが幸いだった。
しかし、しばらくすると背中から足音が聞こえてきた。自分の後をついてきている気がした。どきりとし、志保は少し早歩きをした。すると足音も早歩きになった。冷や汗が流れてきた。昨日、不良に捕まったことを思い出した。同じ人物だろうか。
このまま走ろうかと思ったが、どう考えても相手の方が速いに決まっている。緊張しながら気付いていないフリをしてゆっくりと進んだ。
もうすぐで家に着くと志保が安心した時だった。足音が突然近くなり、志保は驚いた。走ったが追いつかれ、腕を掴まれた。
「やめて!放して!」
声を出すと口をふさがれ、さらに背中を羽交い絞めにされてしまった。相手がまた何か言おうとしたが、もうそれどころではなかった。体をねじったりばたばたと暴れていると、持っていた鞄が勢いよく相手の顔にぶつかった。掴まれていた手が放れると、志保は家に向かって一目散に逃げた。
鞄を思い切りぶつけられ、隼人はしゃがみこんだ。顔にもろに当たり、じんじんと痛みが広がっていく。
「いってえ……」
呟くと、よろよろと立ち上がった。倉橋のことを一瞬恨んだ。
確かに後ろから口をふさがれたら誰だって怖いだろう。しかし倉橋にどんな顔を見せていいのかわからないので、こんなやり方しか隼人には思いつかなかった。
仕方なく隼人は家に帰った。家といっても浅霧の実家ではなく、ただの安いアパートだ。高校に通うために用意されたのだ。家具は必要最低限のものしか置いてないので中は殺風景だ。しかしその方が隼人にとってよかった。ごちゃごちゃものが置かれているのは嫌だった。近所付き合いもなく常に一人でいるため、学校が終わると他人の声を聞くことはほとんどない。
隼人は机の上に置いてある倉橋の携帯電話を見た。これを見つけたのは昨日だ。図書館に行った時に、偶然倉橋がいたのだ。何か難しそうな本を読んでいる。いつも思うが、倉橋はクラスメイトとあまり話さない。隼人も人と話したりするのは苦手だ。何となく倉橋と自分は似たもの同士のような気がした。
倉橋が鞄から携帯電話を取り出した。そういえば倉橋が携帯電話を使っているところも見たことがない。新しく買ったのだろうか。隼人がいろいろと考えていると、突然倉橋はびくんと驚いた。誰かから電話がかかってきたらしい。短く通話を終わらせると、読んでいた本を戻すのも忘れて大急ぎで図書館から出て行った。
倉橋の姿がなくなり、隼人はどんな本を読んでいたのか見に行った。倉橋が座っていた席に近づくと何か置いてある。倉橋の携帯電話だった。心臓がどくん跳ね、無意識に上着のポケットに入れた。誰かに取られたくなかったし、これを持っていれば倉橋のことがわかるかもしれないと思った。だがいつ返せばいいのかは考えていなかった。
倉橋が一人で歩いているのを見つけると、すぐに後をつけた。こんなことをしたのは初めてだったし、やりたくなかったが、仕方がないことだと思った。歩きながら、倉橋は普通の女の子とは違うなとまた感じた。護りが固いというか、ちょっとやそっとで捕まえられない気がするのだ。勝手な思い込みだが、女の子は護ってもらう立場だと隼人は思っていた。しかし倉橋は護る立場に見えるのだ。まるでこっちの行動を把握しているようだ。
そういえば、紗綾も護る立場だった。なんでも一人でこなし、必死に隼人を護っていた。もしかしたら紗綾と同じだからということで倉橋を気になっているのか。
携帯電話を手に取ると、隼人は中を見ようか悩んだ。他人の、しかも女子の携帯電話を覗くなんて絶対にしてはいけないが、気になって仕方がない。
ほんの少しだけ、と隼人は電源を入れてみた。女の子だったらもっと可愛らしい待ち受けにしているだろうと思っていたが、何の変哲もない買った時のままの画像だった。
何を押せば何が出てくるかわからないので適当にボタンを押してみると、ある画像が出てきた。「胡乱」という単語と、その意味が書かれていた。
正体が怪しく疑わしい……。真実かどうかわからない……。頭の中に倉橋の顔が浮かんだ。疑問だらけの倉橋志保。彼女の正体がわかるのはいつだろう。
隼人はしばらく胡乱という文字を見つめ、携帯電話の電源を切った。中を見てしまって悪いことをしたと思った。いつまでこれを持っているんだろう。倉橋にきちんと返せるだろうか。ぶつけられてじんじんと痛む頬を撫でながら、隼人は迷っていた。




