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 しちふくでアルバイトをし、ついに志保は携帯電話を購入した。やはり携帯電話は便利だと、何度も感激した。がんばって働いてよかったと、しみじみ感じた。

 さっそく亮介の電話番号を登録しようとしたが、志保は電話番号を知らなかった。以前使っていたのは知っているが、新しいものに変わったと言われていた。だから亮介の方からかけてくれないと、二人は電話で会話することができない。とりあえず今は誰も登録できないと思った。

 ミユキに携帯電話を買ったと言うと、しちふくとミユキの電話番号を教えてくれた。

「よかったねえ。ケータイ買えて」

「はい。ミユキさんのおかげです。これからもよろしくお願いしますね」

 ミユキは手を振りながら、「いやいや。どうもねえ」と笑った。

 

 携帯電話を使い始めて二週間ほどが過ぎた。しちふくが休みだったので、久しぶりに図書館に行った。本を読んでいた時に、ある文字が目についた。「胡乱うろん」という言葉だった。聞いたことがない単語だった。志保は鞄から携帯電話を取り出すと、意味を調べてみた。

 『胡乱の意味。一.正体が怪しく、疑わしいこと。二.確かでないこと、真実かどうか疑わしいこと。三.乱雑であること』

 検索結果を見てすぐに頭の中に浅霧の顔が浮かんだ。怪しいとは思っていないが、正体がわからず疑問だらけなのは当たっている。真実かどうかということも重なっていた。

 浅霧は本物のやくざの一人息子だと志保は思った。しかしあれは志保が勘違いして飛び込んで行ったからではないか。いつもだったら、あんなに怒ったりはしないのではないか。どうしても腑に落ちないのだ。最後の乱雑は自分には関係ないと思った。志保は母が死んでから一度も動揺したことはなかった。気がブレそうになってもすぐにもとに戻るし、必ず冷静な自分がいる。

 しかしはっとした。いや、動揺したことはあった。浅霧に怒鳴られていた時、自分はどんな状態だったか。冷や汗を流し、あわてふためいていた。胸ぐらを掴まれ、にらまれて、狼狽していた。初めて心が乱れたのだ。こんなにも浅霧のことを気になっているのはそのせいだろうか……。

 そう考えていると、突然手の中の携帯電話が鳴った。志保は驚き、椅子から転げ落ちそうになった。あわてて携帯電話に耳を当てると、ミユキの声が聞こえた。

「ごめんね、シホちゃん。手伝ってほしいことがあるんだけど、今から来れる?」

「行きます!」

 はっきりとそう言うと、すぐに立ち上がりしちふくに向かって走っていった。読んでいた本を棚に戻すのも忘れていた。


 ミユキの手伝いが終えると、外はすっかり夜になっていた。家まで送るとミユキは言ってくれたが、「いつもお世話になっているから」と断った。小さい頃から夜道を一人で歩くのは絶対にやめなさいと亮介に言われていた。だがもう高校生だし、一人暮らしをしているクラスメイトだっている。いつまでも子供ではいられないと思った。

 急いだので四十分程度で家に着いた。ほっとし鞄をソファの上に置いて、目を見開いた。何と鞄のチャックが閉じられていなかったのだ。驚いて何か落としていないか確認した。財布は一応あったが、携帯電話がなくなっていた。さらに冷や汗が流れる。どこに落としたのか。動揺し志保はドアを開けて、家から飛び出した。

 街灯の光を頼りに、志保は今走ってきた道を歩いた。絶望的な気分だった。探したって見つからないと思っていたが、ほうっておくわけにはいかない。しばらく歩いていたが、もう諦めようという気持ちが胸の中にあった。またお金を貯めて買えばいいじゃないか。今すぐには無理でも、いつか必ず……。

 突然後ろから手が伸びてきた。口をふさがれ、何も声が出せなくなった。胸の中が嫌な予感でいっぱいになった。不良だ!不良に捕まってしまった!じたばたしても志保の力ではどうすることもできない。周りが暗いので顔が見えないのも怖かった。

 だんだん手足から力がなくなってきた。志保が抵抗をやめると、相手の力も緩んだ。

 今だ!志保は目をかっと見開き、全力疾走した。今しか逃げられるチャンスはない。しかし志保より相手の方が速いのは当然だ。すぐに追いつかれ、手を捕まえられた。

「痛い!」

 あまりの痛みに、志保は叫んだ。今まで出したことのないほどの大声だ。相手ははっとし手を放すと、何か言おうとした。もちろん、志保はそのまま大急ぎで逃げた。

 飛び込むように家の中に入ると、素早く鍵を閉めた。どくんどくんと心臓がありえないほどの速さで動いている。痛いくらい乱れている。

 息を整えながら、亮介の言葉を思い出した。まずいことになったら、お父さんに言うんだぞ……。

 志保は電話を見つめた。そんなことを言ったって、番号がわからないんじゃ伝えることなんかできないじゃない……。

 ため息をつくと、明日しちふくに置き忘れたかどうか確かめようと決めた。

 

 


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