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ミユキは話も上手いし、聞き上手だった。志保が何か言うと必ず言葉を返してくれる。本当に気さくな人だった。しちふくで働くことにして正解だと思った。
和菓子の味も絶品だった。ミユキは志保がアルバイトを終えると必ず和菓子を持たせてくれる。「いつもありがとねえ」と感謝してくれるのだ。志保が「すっごくおいしかったです!」と言うと、ミユキは嬉しそうに話した。
「美幸はね、和菓子が大好きだったんだよ。特にあんみつがね。だから将来は和菓子屋で働こうって決めたんだよ」
「そうだったんですか」
ミユキの初恋の美幸という女性は、とても愛されているようだ。
「美幸が喜ぶように、毎日がんばったよ。大変だったけど、やってよかったよ」
志保はすぐに聞いた。
「美幸さん、何て言ってくれたんですか?」
ミユキは少し切なそうな声で答えた。
「それがね、まだ食べてもらってないんだよ」
「えっ」
「……もう二十年以上会ってないよ。すっごく可愛い子だったんだけどね。告白する前にアメリカ行っちゃった。それに、もう誰かのものになっちゃってるだろうし」
志保は申し訳ない気持ちになった。切ない顔のミユキなんて見たくなかった。
「……会いたいねえ……。今、どこで、何やってるのか……」
「あの、私こんなこと聞いちゃって」
「いいのいいの。全然気にしてないから。最初っから俺は美幸の彼氏になんかなれないってわかってたから」
だが志保は頭を下げて謝った。
「シホちゃんは会いたい人とかいる?」
「会いたい人ですか……」
亮介の顔が浮かんだ。最後に顔を見たのはいつだったか。
「お父さん……かな」
「お父さん?シホちゃん、一人暮らしなんだ」
「一人暮らしじゃないんですけど、仕事で忙しくって、家に帰って来れないんです」
「へえ……。じゃあ寂しいね」
そう言われたが、何だかもう慣れてしまってあまり寂しいという気持ちにはならなかった。
「いつ家に帰ってこれるのかな?」
「私にもわからないんです。とにかく忙しくって。電話もできないし」
警察官だということは言わなかった。ミユキに怖がられたくない。
「そっか。早くお仕事終わるといいね」
「そうですね」
そう言ってにっこりと笑った。
「……実を言うとね、俺はもう一人、会いたい人がいるんだ」
ミユキがさらに寂しげな声を出した。
「もう一人?誰ですか?」
目を丸くすると、ミユキはゆっくりと話した。
「名前は知らないんだけどね、まだ小学一年生くらいの小っちゃい男の子。おばあちゃんと一緒によくここに来てたんだよ。甘いもの大好きみたいで、いっつもたくさん買っていくの。特に好きなのはあんみつね」
志保は頭の中で想像した。お菓子が好きな男の子はけっこう珍しいと思った。亮介は甘いものは一切口にしない。
「毎週来てたから、もう顔覚えちゃってね。来てるとすごく嬉しかったよ」
またミユキは切ない顔をした。
「でもね、突然来なくなっちゃったんだよ」
「えっ、どうして……」
「わかんない。お引越しでもしたのか、他に好きなお店見つけたかだと思うよ。来なくなって、もう八年経つね」
「八年も……」
小学校一年生だったら、今は十五歳だろうと志保は考えた。
「……ずっと待ってるんだ。また買いに来ないかなって」
「そうなんですか」
志保はなぜかその男の子が気になった。どうして来なくなったのか。毎週来ていたのに、突然来なくなった。
「寂しいですね。また和菓子食べてもらいたいですね……」
志保がそう言うと、ミユキは悲しそうな顔をして「そうだね」と小さく呟いた。
その日は、何となく二人とも口数が少なかった。