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浅霧が来なくなったので、教室の中は和やかになった。クラスメイトたちも緊張していないように見える。心配をしているのは志保だけだ。いつになったら浅霧は来るのか。

 そしてもう一つ、志保の心の中にあるものが浮かんでいた。携帯電話だった。クラスの中で持っていないのは志保だけだ。クラスメイトたちは、遊ぶのも学ぶのも携帯電話を使っている。そういうものに興味がなかったが、やはりあると便利なのではないかと考えたのだ。

 しかし買うお金がない。志保は贅沢をしないので貧乏というわけではないのだが、買ってからもお金がかかるというのは困った。そのため志保はアルバイトをすることにした。うまくいくかどうかはわからないが、やらないよりはやった方がいいと思った。それに、将来どこかで働く時のために経験しておきたかった。学校帰りや休日を利用して、アルバイト探しをした。だがやはり簡単には見つからない。募集されていても志保にはできないことだったり、少ししかお金がもらえない場所だったりと、いいところがない。ただの時間の無駄だとも考えた。

 最終的に志保が決めたところは、駅前の「しちふく」という和菓子屋だった。客もそこそこ入っているし、店の雰囲気が好きだ。

 志保が店内に行くと、いかにも悪いことをしていそうな男が「いらっしゃい!」と声をかけてきた。サングラスをし、どう見ても和菓子屋には関係ない姿だった。

「はいはい、どうぞ」

 話し方はとても穏やかだ。にっこりと笑顔で志保の顔を見た。

「あの、アルバイトに」

「アルバイト?」

 志保の言葉を遮り、男は喜びの声を上げた。

「ありがたいねえ!従業員ゼロで困ってたんだよねえ!嬉しいねえ!」

 志保は苦笑いした。まだ数分しか経っていないのに、昔の友人と話しているようだ。志保はこの店長をすぐに気に入った。

「よろしくお願いします。がんばって働きます」

 そう言って頭を下げた。

「こちらこそよろしくねえ。名前はなんていうのかな?」

「倉橋志保です」

「シホちゃんね。いい名前だねえ」

 そんなことを言われたのは初めてだった。店長は続けた。

「俺のことはミユキって呼んでね」

「ミユキ?」

 志保は目を丸くした。ミユキは女の子の名前ではないか。

「やっぱりびっくりするか~。みんな驚くんだよね。ミユキっていうのは、俺の初恋の女の子の名前なんだよ。まだ小学生の時のね。美しいに幸せで美幸。ずーっと好きなんだ。忘れられないから、ニックネームはミユキにしてるの。馬鹿でしょ」

 ミユキはけらけらと笑ったが、志保は首を横に振った。

「そんなことないです。ずーっと一人のことを想ってるなんて、すっごく素敵だと思います」

 力強く言うと、またミユキは「ありがとねえ」と笑った。

 しちふくは和風の店なので、働く時は和服を着なければいけないらしい。着付けがわからないと言うと、しばらくは制服のままでいいよ、と言ってくれた。携帯電話があれば着付けの練習も一人でできる。早く携帯電話がほしいと思った。

 しちふくと家の距離はかなりあり、どんなに急いでも一時間はかかってしまう。さらに学校からも四十分近くかかるので、働く日はいつでもいいよとも言ってくれた。

 家に帰る途中で、志保はミユキの言っていた言葉を思い出した。初恋の女の子。志保はいつ恋愛をするのだろうかと気になった。今まで男の子を好きになったことはないし、好きだと言われたこともない。全く恋愛なんて考えたことがなかった。もし誰かと恋人同士になっても、志保の父親が警察官だと知ったら相手はどうするんだろうか。また怖いと言われ、関係が破綻するなんて絶対に嫌だ。父親が警察官であっても志保のことを想ってくれる男は現れるか。そして亮介は志保との交際を認めてくれるか。

 まだ誰とも付き合っていないのにいろいろと考えるのは無駄だと思い、志保は考えるのをやめた。



 



 

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