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隼人はぼんやりと輪間公園のベンチに横になっていた。ため息を吐きながら、これからどうするかまた迷っていた。
どうして倉橋はあの場所にいたのか。どう考えても隼人の後をついて来たに違いない。なぜついて来たのだろう。隼人が倉橋を気になっているのと同じように、倉橋も隼人が気になっているのか。
転入してから、倉橋には何度も驚かされている。ただの女子高校生に見えない。隼人の本心に気が付いているように感じるのだ。だったらどうして話しかけてこないのだろう。何を考えているのか全くわからないのだ。隼人が怒鳴ったら動揺したのも不思議だ。浅霧隼人は弱い人間だと思っていたのに怒鳴られて、あわてたのか。何も怖くないという顔をしている倉橋も、やくざに怒鳴られたら動揺するのか。
倉橋を怒鳴ったことを後悔していた。弱い人間だとばれないために、大声を出してしまった。ただ話しかけられて怒るなんて、やくざの一人息子ではなかったら絶対にしない。極道になりたくないと言っているくせに極道と同じことをした。
謝りたいと思ったが、人を傷つけて謝るやくざなんていないだろう。話しかけるなと言ってしまったので声をかけられなくなった。倉橋にどんな顔で会えばいいのかわからずに、ただ逃げているだけの自分が情けなかった。
倉橋はどう思っているだろうか。他のクラスメイトと同じく隼人を怖いと言うようになるのか。それは絶対に嫌だ。倉橋についていろいろと知りたいのに、離れてしまうのはいけない。ネクタイを結べないというのもばれてしまって、恥ずかしかった。隼人が学校に通っていたのは小学二年生までだ。それからは血のにじむ日々を過ごしてきた。制服を着るのだって、同い年の人間とずっと一緒にいるのだって初めてなのだ。あんなに正体不明の女子に出会ったのも、こうして他人が気になって仕方がないのも初めてだ。
結局、不登校をすることしか答えが出なかった。いつまでこの生活は続くのか。
「……あんみつ食べてえなあ……」
そっと呟いた。小さい頃、紗綾とフミと何度も食べたしちふくのあんみつ。毎日のように食べていたのに、極道になってから一度も食べていない。もう八年も経ってしまった。男は甘いものなんて食べてはいけない。巌残の厳しい言葉が蘇った。
大好きな紗綾とフミとあんみつ……。当たり前のようにすぐそばにあったのに、今は手に入らない。また涙が出そうになった。
もう倉橋は謎の人物として終わってしまうのか。彼女が知りたいのに不登校をしていては意味がない。
その時ふと、あることに隼人は思いついた。そういえば、倉橋はいつも本を読んでいる。ということは、図書館にも行くのではないか。ベンチから起き上がると、さっそく隼人は学校の近くにある広い図書館に向かった。
しかし倉橋は現れなかった。読書好きだからみんな図書館に行くわけではないかと思った。だが隼人は毎日見に行くことに決めた。
たとえ倉橋がいても何も話しかけられない。しかし、倉橋の姿を見ていたかった。たった一人自分を怖いと思わなかった倉橋が大切な人のように感じるのだ。学校にずっといられるのも、となりに彼女が座っているからだと隼人は考えていた。




