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 家に帰る時間が遅くなっても、志保は誰にも怒られない。高校生になってから、ずっと放課後は学校の近くにある図書館に行った。志保は本を読むのが趣味なので、広い図書館で嬉しかった。

 借りていた本を返すと、また新しい本を探しにぶらぶらと歩く。それだけでもけっこう楽しいものだ。家に帰ったって誰もいないのだから、こうして図書館にいた方がずっと気分がいいのだ。

 しかしその日は何も借りなかった。最近、頭の中が浅霧でいっぱいなので、本に集中できない。しばらく図書館には行かなくなると志保は思った。

 彼は本当はどんな人物なのか、知りたくて仕方がない。やくざといっているが、そんなに怖い人には見えないのだ。もっと悪い罪人を知っているから、そう感じないのか。クラスメイトたちは怖がっている。怖くないと見えるのは志保が警察官の娘だからなのか。

 何か話しかけてみようか。全く声をかけてきそうにないので、もう待つのはやめてしまおうか。

 しかし、何と言って話しかければいいのか。やくざのことなど一切知らない。考えれば考えるほどわからなくなる。授業中にじろじろと顔を見るのもよくない。どうすればうまく会話ができるか。

 志保は、いつも浅霧は休み時間になると一人でどこかに向かって歩いていくことに気が付いた。チャイムが鳴ると誰よりも先に教室から出て行く。浅霧がどこへいって何をしているのか調べることにした。別に悪いことではないとも思えた。ほんの少しでも何かがわかるはずだ。

 浅霧が出て行くと、志保はこっそりとついていった。早歩きなので志保は走らなくてはいけなかった。人気のない場所に向かってずんずんと進んでいく。足音が聞こえないように注意しながら志保も進んだ。

 誰も使っていない教室に入ると、浅霧は机の中に手を入れ、何か取り出した。隠れながら志保はそれが何かじっと見つめた。

 浅霧が持っていたのは長いリボンのようなものだった。それを首にかけている。突然志保の頭の中に、首に長い紐を巻かれた人間の姿が浮かんだ。まさか……。

「浅霧くん!」

 思わず教室に入ってしまった。嫌な予感がした。

「何やってるの?」

 志保が近づくと浅霧は驚いた目で見つめた。

「何だお前」

「だって今、浅霧くん、首に巻きつけて……」

 はっとした。浅霧の首に巻かれていたのは、制服のネクタイだった。変な形にぐるぐると巻きつけられている。

「ネ、ネクタイ?」

 志保は目を丸くし、すぐに気が付いた。

「ねえ、もしかして、浅霧くんって」

「何でお前、ここにいんだよ!」

 大声で怒鳴られた。志保はどきりとした。

「いや、私、浅霧くんが」

 初めてやくざらしい顔を見て、志保は動揺した。いつもとは全く違っていた。

「はっきり答えろ!」

 胸ぐらを掴まれ、志保は足が浮いたようになった。

「ご、ごめん。あの、でも、悪気は」

 言い終わる前に浅霧は掴んでいた手を放し、思い切り志保の肩をどんと突き飛ばした。志保は倒れそうになった。

「……お前、何しにきたんだ」

 睨みつけながら浅霧はうなるように言った。

「何しにって……。私、浅霧くんがどういう人……」

「出てけ!」

 いらついた声を出した。志保は驚いて目を見開いた。

「さっさと出て行け!俺に話しかけるな!」

 志保は駆け出した。まさかあんな顔をするとは思っていなかった。

 教室に戻ると深呼吸をした。胸がどくどくと激しく動いている。走っただけではなく、浅霧のやくざの姿に驚いたせいだ。

 別にネクタイが結べなくていつもきちんと制服を着られないことを馬鹿にしたわけではない。自分の首を絞めているように見えて止めようとしただけだ。それなのになぜ怒鳴られなくてはいけないのか。

 そして、どうして自分はこんなに動揺しているのかと思った。いつもだったら人に怒鳴られたりしても、そんなにあわてたりしないのに……。

 やはり浅霧は本物のやくざの一人息子だったのか……。志保はがっくりと項垂れた。なぜか心の中にぽっかりと穴が開いた。信じていた人に裏切られたような気分だった。

 休み時間が終わっても浅霧は戻ってこなかった。さらにその日から学校に来なくなってしまった。




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