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突然、後ろに誰かが立っている気配がした。この公園には誰も寄り付かないはずなのに。振り向こうと思ったが、また「怖い」なんて言われるのは嫌だ。もうこれ以上辛い目に遭いたくない。
「あの」
声をかけてきた。女の子の声だった。紗綾の声ではなかった。自分と同い年くらいの女の子だ。
隼人は聞こえないフリをした。誰もいないし何も音がない空間で聞こえないというのはおかしいが、無視をした。気持ちが沈んでいる時に、他人と付き合うなんて嫌だ。
何も言わなければそのまま女の子は帰ると思っていたが、逆にじりじり近づいてきた。
「どうしたの?」
質問が飛んできたが、答えなど見つからない。それより顔を見られてはまずいと焦った。
「出てけ」
動揺しているのがばれないように、緊張していた。早くこの場から去ってほしかった。とにかく、一人になりたかった。
「話しかけるな」
だが女の子は驚いているだけで、帰ろうとしない。仕方なく隼人は、自分がここにいる理由を簡単に説明した。
「家に帰りたくないんだ」
しかし今度は「どうして帰りたくないの?」という質問。焦りがだんだん苛立ちに変わっていく。
「俺は一人になりたいんだ」
だから、早く帰ってくれ……。
隼人の思いを無視し、女の子はさらに聞いてきた。どうして?家が、何かおかしいの?……しつこい女だと思い、隼人はうんざりした。
「家族が嫌いだとか?」
突然、まるで隼人の心の中を見透かすような言葉を言った。どきりとし、思わず立ち上がってしまった。けれど、やはり振り向きはしなかった。
隼人がいきなり動いたので、女の子は後ずさった。やっと帰る気になったのか。しばらく黙っていたが、何か言いかけた。同時に隼人も無意識に声を出した。
「お前なんかに」
全身に力がこもった。体中が、炎のように熱くなっていく。
「お前なんかに、俺の気持ちなんてわかんねえよ」
情けなく、声が震えてしまった。弱い男だとばれたかと心配になったが、もうそんなものはどうでもよくなっていた。
……そうだ。こんな女に、俺の気持ちなんかわかるわけがない。何もしていないのに親がやくざだからといって、怖いだとか近寄るなだとか言われるこの気持ち。やりたくないことを無理矢理やらされ、痛くて苦しい日々を送っている気持ち。たった一人の姉と、もう二度と会えない寂しい気持ち。
どうせ両親に愛され、たくさんの友だちに囲まれ、のほほんと楽しく生きている奴なんだろう。人に怖いと言われるのがどれほど辛いなんて知らない。
自分だって極道の家に生まれていなかったら、この女のように普通の子供として生きていけたはずだ。悔しくて涙が落ちた。
「……泣いてるの?」
女の子の言葉で、またどきりとした。男は泣いてはいけないのだ。強い男にならなくてはいけないのだ。
隼人は何も言わずに立ちつくした。もうこの女とは話をしたくなかった。どんなことを言われても、無視をすると決めた。
「……私、帰るね……」
ようやく歩き出した。女の子が完全に見えなくなったのを確認して、隼人はベンチに座り直した。はあ、と大きく長いため息が出た。
どうしてあの女の子は隼人に話しかけてきたのだろう。まさか隼人が極道の人間だと知っていたからか。だが知っていたら怖くてそのまま逃げるだろう。それに、こんなに質問をしてくるなんて、ものすごく知りたがりな奴だと思った。また輪間公園にきたら嫌だ。
そっと上を見ると、空は真っ黒だった。まるで隼人の心の中のようだった。
「……極道になるくらいなら、死んだ方がましだ……」
小さく呟き、隼人は帰ることにした。また明日、どんな酷い目に遭うか考えながら、屋敷に向かった。




