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神崎ハルという男 後編(終)

 俺とソーイチが住むファーナは、プレイヤーだけによって作られた「プレイヤータウン」という街である。

サービス開始時から運営が用意してくれている《首都》と呼ばれる街と違い、チュートリアル施設や特殊な施設を建てる事はできないが、それ以外は大差がない。

そのためこの世界は、<建築>スキル持ちと冒険者達が集まり、自分達の街をところどころに築いているのである。

 この街は特にそんな街の中でも"小規模"の部類に入る街である。

 

「というわけだから、首都に帰った方がいろいろ学べると思うんだけど……」


 いろいろ教えてくださいとリアナさんに言われたので、中級者として最善のアドバイスを送る事にする。

 このゲームは、非常に置くが深い。

しっかりと遊ぶのには、やはりチュートリアルを受けるべきなのだ。


「いえ! 私、この街が気に入ったんですよ!」


 ふんふん鼻を鳴らしながら、大通りをずかずかと歩くリアナさん。

 大抵好奇心旺盛な初心者はこうなるのである。

 俺も昔こうだったので、あまり文句はいえないなと思う。


「ところでハルさん、あれはなんですか?」


 リアナさんは歩き始めてたった数秒で、指をさした。

指の方向には赤い液体……"ポーション"が置いてあった。


「あー、あれは……。HPが回復する薬だよ」

「HP! 知ってますよ! なくなったら死んじゃうんですよね!」


 こういうことはわかるのか。 

 もしかしたらある程度の予備知識は、チュートリアル以外で得ているのかもしれない。


「うん、そうそう」

「飲んでみていいですか!?」

「えっ、なんで?」


 見た限り、リアナさんの頭上に表示されているHPは減っていない。

むしろ緑色に光沢を放っていて、とても健康であると主張してある。


「いやなんか、林檎じゅーすみたいでおいしそうだなーって」


 確かに俺も最初にポーションを飲む前は、そんな幻想を抱いていた。

 だが実際のところは……。


「……じゃあ買ってあげるから、飲む?」

「ほんとですか!? ありがとーございます!」


 俺は露店の店主に声をかけ、ポーションを一つ受け取る。

そして財布……通貨袋から銀貨を取り出そうとする、が。


「……」


 取り出せた銀貨は5枚。

 ポーションは10枚。


「か、金ないの忘れてたァァァ……」


 そういえばそもそも俺は依頼を受けるために街に繰り出たんじゃないか。

金がないのも当然なのである。すっかり忘れていた。


「お兄さん、御代。ないの?」


 店主に急かされる。


「ああー……はい。ないのでお返しします」


 しぶしぶとポーションを店主に引き渡す。

 それを見ていたリアナさんは、なんとなく事情を察したのか苦い笑顔で"また今度にしましょう"と言ってくれた。

非常にはずかしい。

 と思っていると。


「あのさお兄さん。デートならちゃんと金くらいもっといたほうがいいよ……。これ、俺のおごりにしとくから……」


 そう言って店主は、ポーションを渡してくれる。


「え、い、いいんですか?」

「ただ今後ともご贔屓にね。その……見るからにも初心者の女の子も、これからポーションが必要になるだろうし」


 店主は、初心者用ローブを着ているリアナさんを指差していた。


「ありがとうございます。……この子が今後どうなるかわかりませんが、よく伝えておきます」

「あいよ、頼んだよ。俺の名前は"月下"。"月下のポーション屋"って覚えといて」

「わかりました」

「それと」


 月下と名乗った店主は、ポケットから銀貨を10枚ほど取り出すと俺の手に握らせた。


「彼女リードするんだったら、これくらいは最・低・限持ってろ色男。見ててこっちが痛ましくなる」

「え、いやさすがにそこまでは……」

「いいから、もってけ」


 強く背中を押される。


「これ以上断るのは無粋だぞ。はよいけ。商売の邪魔だ」


 にやにやしたまま、月下さんは腕をしっしと払う仕草を見せる。

 ……今日はじめて知り合ったのに、なんでこんなに優しくしてもらえるのかなぜか不安になるが、悩んでも仕方ない。

むしろここはしっかり感謝して、今後ポーションを買うのはこの店にしよう……。


「ああ、この謎の強制力が狙いだったのか……?」


 何から何までお世話になる、名前も知っている、じゃあ次からはこの人からポーションを買おうみたいな。

 俺には商売はわからないが、狙ってやっているとすれば相当な技術なのだろうか。


「あの人いい人でしたねー! ただでくれるなんて!」


 リアナさんがにこにこと、といっても顔はローブで見えないが……語りかけてくる。


「うん、こういういい人とあえると"ジアピストやっててよかった"って思うよね」


 ……もっとも、女の子を森におびき寄せて酷い事をしようとするクズもいるわけだけど。

すくなくともそういう人ばかりじゃない。リアルでもネトゲでも、そこは一緒だ。


「で、リアナさん。これ」


 そう言って俺はリアナさんに、ポーションを渡す。


「ありがとうございます! いただきます!」


 リアナさんはポーションの蓋を開ける。

 外見は例えるなら、ラムネジュースのビンである。

残念ながらビー玉は入っていないが、懐かしい気分になる。


「ではいきます!」

 

 ポーションの瓶に口を付ける。

そしてリアナさんは、そのまま瓶の中身を全て飲み干した。

 そして出た感想は。


「おいしい! 本当にりんごジュースの味がする!」

「えっ?」


 馬鹿な!ポーションといえば、"ずっと飲むのはイヤだけどまぁたまになら飲んでもいいかな"程度の不思議な味がする飲料のはずだ。

美味い不味いかでいうと、不味いに部類されるはず。そもそも林檎の味なんてしないはずだ。

 <ヒール>の再使用時間中に繋ぎで回復する程度にしか使われないこの微妙な飲料が、美味しいだと!


「ほ、ほんとうに林檎の味がしたの?」

「はい! 普通はしないんですか?」


 はい、普通はしません。

 あの月下さんという人が、研究に研究を重ねて編み出したのだろうか。

俺は<生産>経験が皆無だから、想像することも叶わない。


「ま、まぁよかった。おいしかったなら」


 ……これからポーション買うなら、月下さんのところで買おう……。

 などと思案していると、リアナさんはあっちにいったりこっちにいったりと、ちょこまかと動いていた。

本当に好奇心旺盛なんだなと改めて思わせられる。


「あれはなんですか!?」


 次にリアナさんが指を刺したのは……。

 街の中央に高く聳え立っている塔だった。

どの家屋よりも高く、そして一番高い位置には青く輝く水晶がのせられている。


「あれは"街防衛機能タウン・ディフェンダー"って呼ばれてる塔だよ」


 街防衛機能タウン・ディフェンダーとは、街を外敵やPKの手から守るための施設である。

この施設がある限り、街の中にエネミーが入り込むことができなくなる。

さらに、街中で合意なしのPKが発生した場合、"危険な攻撃を受けた"プレイヤーにダメージを無効化する障壁を付与する。

これにより街中でのPKが不可能になっている。

 この施設さえあれば、街中は"消滅ロスト"のリスクを負うことがなくなるというわけである。


「えーっと、よくわからないけど。あれがあれば街の中は安全ってことですか?」

「まぁそういうことだね。街中にいればエネミーとも会うことはないし、プレイヤーから攻撃されることもない」

「プレイヤーがプレイヤーを攻撃することってあるんですか!?」


 リアナさんはそこに驚いたらしく、声を大にした。


「まぁいろんな理由でね。だからリアナさんも気をつけてね」

「は、はいっ! わかりました、ハルさん!」


 といっても、基本的に街中にいれば安心だ。

 これからリアナさんが、どういうプレイスタイルにするかわからない以上、いまはそこまで注意することでもないか。


「あ、そういえば」


 とリアナさんが立ち止まる。


「私のことは、リアナでいいですよ! さん付け禁止! 」


 びしりと人差し指を突きつけられる。

といっても、初対面ということもあるし"さん付け"は基本だと思うのだが……。

ただリアナさん曰く、距離感を感じるからいやなんだとか。


「……わかりました、リアナ。でいいですか?」


 とりあえずこのまま問答しても埒があかないだろう。

 たぶんリアナさ……リアナは、頑固な性格だと思う。

問答しても着地点がなくなる気がする。


「あと敬語も禁止」


 たまに出ていた敬語もとがめられる。

 というか、よく俺の話を聞いているなと思う。

基本的に敬語を使わないように接していたのに、たまに出た敬語をよく覚えていたなと。


「……了解。ただその代わりこっちも」

「なんですか?」

「敬語禁止、さん付け禁止。対等で行こう」


 こうなったら、いっそお互い素の方が楽だ。

 こっちが呼び捨てで素を出してるのに、向こうがかしこまっていたらやり辛い。


「うー……ハルさんは先輩ですよ?」

「ハル、ね」

「……ぐ、ぐぬぬ」


 それから数分に及ぶ言い合いをしたが、結局折れたのはリアナだった。

 訂正だ。彼女はそこまで頑固じゃない。

素直だけど、自分のやりたいことに貪欲なだけなのだろう。


「じゃあ次いこうか、リアナ」

「は、はい……じゃなくて、うん。ハル」


 リアナが俺の裾を掴んでくる。

人ごみだから、はぐれないためだろう。

 ただなんとなくなんだが。

 こういうのもたまにはいいかなって思う。


 知らない人とここまで打ち解けたのは……というか。

打ち解けるまで話したのは、ソーイチを除いて何年ぶりだろうと思う。

 なんだかリアナと一緒にいると、俺まで明るくなれる。

 そんな気がした。


「ハル!? あれはなに!?」


 と、すっかり敬語もさん付けも抜けて素になったリアナが、次の気になる対象を指差した。

……まぁ限界まで付き合うか。

 そうして、歩みを進める俺とリアナだった。



 俺たちが休憩を挟んだのは、あれからもっと日が落ちた夕方頃だった。

どんどん沈んでいく夕日がまぶしい。リアルと変わらない感動が、そこにはある。

 といっている場合でもなく。

 ずっと歩き続けて、はしゃぎ疲れて、すっかり2人ともくたくただった。


「疲れた……なんか今日俺疲れたしか言ってない気がする」


 場所は、街全体を見渡せる小高い丘の上にある"ユニコーンの公園"である。

場所が場所なので、風景は綺麗なくせになかなか人が訪れないスポットでもある。

たまにカップルが着ているが。


「私も疲れたぁー……」


 流石のリアナもぐでーとしている。

 だが、それも当たり前だ。

今日はじめて、夕方になるまでずっとはしゃぎ続けていたのだ。

誰だって疲れる。むしろここまで元気だったのが不思議だ。


「でもね、すっごい楽しかった。ハルのおかげだよ」


 まだローブをつけたままだが、その下が笑顔だというのがよくわかった。

リアナは不思議だ。表情が見えないのに表情が読める。

声だけで、今楽しんでいるのがわかる。

 ソーイチも声だけでわかるが、あいつとは長い付き合いだからわかるだけだ。


「……俺も。ソーイチ以外の人間とこんなに話したのは、久しぶりだ」


 素直な感想だった。

 このゲームを始めて……あんな目にあって。

それから一緒にいれるのはソーイチだけだと思ってた。

知らない人と組むのが怖い。知らない人間としゃべるのが怖い。

 そう思っていた。

 のに、リアナにはそれを感じなかった。

 本当に不思議だ、リアナは。


「ソーイチさん?」


 俺の話した人名に、リアナが反応する。


「ああ、俺の……んー。唯一の友達かな」

「唯一って、本当に1人しか友達いないの?」

「まぁそう呼べるのはソーイチだけだよ」


 実際それ以外に友達と呼べる相手はいない。

 リアルでも、ネトゲ《こっち》でも。


「そっか」


 そう言うとリアナさんは立ち上がる。

くるくると回りながら、夕日を背にしてから俺に向き直った。


「実はね、私も全然友達いないんだ」


 唐突に話をはじめられ、少し戸惑う。

 ただその声は、いままでの声よりも少し沈んだ声色だった。


「ジアピスト《こっち》でも、リアル《あっち》でもね……」


 俺は目の前の少女の言葉を信じられなかった。

こんなにも明るくて、一緒にいて楽しい少女の周りに、人が集まらないわけがない。

 俺と違って。


「だからね、ハルさえよければ……私と友達になってくれないかな」


 そう言って手を差し出すリアナ。

 真っ白で透き通るようなその手だった。

アバターなんだから当たり前なんだろうが、それでも俺は見とれてしまうほど綺麗だと思った。


「……」


 正直、願ってもない申し出だ。

 ただ……やっぱり俺は心配だ。

うまく友達としてやっていけるだろうか。

幻滅させないだろうか。

 期待を裏切ったりしないだろうか。

 そんな負の感情が俺を支配する。

 支配して、俺の思考を離そうとしない。


「だめ、かな?」

 

 リアナの手が少しずつ下がっていく。


「……いや」


 俺はその手が下がりきる前に、下から救い上げる。

そして手を握る。


「……俺なんかでいいんなら……。これから、よろしく」


 そうしてニコリと微笑んでみせる。

 できる限り最大限の笑みを作ったつもりだ。


「っ! うんっ! よろしく、ハル!」


 同時に、リアナが被っていたローブが、風で後ろに落ちる。

ローブの下に隠れていた素顔は……燃えるような紅色の長髪を携えた……かわいらしい少女だった。

 アバターだというのはわかっている。

 だがそれでも、その幻想的な姿に、俺は見とれるほかなかった。


「わっ、ローブとれた!」


 慌ててローブを被り直す少女は、とても子供っぽく見えた。

 なんというか。

 初対面で、たった3、4時間すごしただけなのに。

こんなにも仲良くなれるなんて思わなかった。

 ……リアナとなら、信頼できる友達になれるかもしれない。

 そう思う。


「あのさ、ただ友達になろうって言ってるだけなのになんでこんなドラマチックなの? むなやけしそう」

「ッ!?」


 思考に夢中になっていた俺の背後から、声がかかる。

声の主は……ソーイチの操る球体だった。


「ソーイチッ!? なんでここに!?」


 球体はふよふよと浮いたまま、そのレンズをこちらにむけていた。


「バカハルがいつまでたっても"とりパン"買ってこないから見に来たんだよ」


 そういえば。

 元々コイツの"とりパン"買うために依頼受ける予定だったんだった。

すっかり忘れてた……。


「ハル? その丸くて可愛いのはなに?」


 リアナがソーイチを指差す。

 するとソーイチは、すぐさまリアナの顔前に移動した。


「この可愛さがわかるの!? 君何者!? 可愛いよね、このつるんとしたところとか!」 


 褒められたことがうれしくてか、妙に饒舌なマシンガントークを発するソーイチ。

それにしても、"君何者?"はない。


「わ、わかります!」


 少し気おされながらも、リアナもそのトークに参加していく。


「このさわり心地のよさそうな質! なでていいですか!?」

「どうぞ撫でてよ! なんなら抱いたってかまわないよ!」

「猫耳とかつけるともっとかわいくなりますよこれ!」

「そのアイディアいただきだね! 明日からつけるよ!」


 ……と、気の遠くなるほどソーイチの操っている"球体"に関してのトークが繰り広げられた。

何が可愛いのか全く理解不能である。


「リアナちゃん!」

「ソーイチさん!」


 語り終えた二人は、なぜかものすごくうちとけあっていた。

 俺はというと、夕日を眺めながら……。

ああ明日は学校だから、そろそろ落ちなきゃなーとか考えていただけであった。 

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