神崎ハルという男 前編(終)
木々の合間を縫うようにして、俺は森を駆け抜ける。
奥に入れば奥に入るほど、木々の隙間がなくなっていき視界が悪くなっていく。
どんどん暗く、暗く。
「Help!Me!って叫びながらこんな暗い所にはいっていく女なんて、ボクは信用できないんだけど!」
ソーイチが文句を垂れている。
だが言っていることももっともだ。
逃げるにしても暗い方向に走っていくなんて普通考えられない。
「そうできない理由でもあったんじゃないか? 例えば、森の中に入るように誘導されてるのかも」
このゲームのエネミーは、自分達で思考し、学習し、よりよい方法をとろうとする。
そのため、わざとプレイヤーを森の奥に追い込む方法を考え付いていてもなんら不思議ではない。
「羊追いか何か? 少なくともそういう状況になるその子が悪い」
確かに、追われなければならないほど実力が離れているエネミーが出現するフィールドに来るその子が悪いというのは同意できる。
事前に調べておくとか、上級者にひっついていくとか、方法はいくらでもあるはずだ。
仮にソロプレイヤーだとしても、逃げる道は考えておくのが鉄則である。
「まぁそこは同意だけどさ……だからって助けない理由にはならないだろ?」
「こんのお人よし」
結局ここに回帰するのである。
その子の落ち度だ、報酬も得られないだろう、お礼すら言われないこともある。
だから助けない……というのは、俺の中ではおかしい。
手が届く範囲にいる人は、できる限り助けたい。
それが俺の信念だ。
「ついた!」
そうこう考えていると、一際開けた場所にたどり着く。
中心には、髪の長い女の子。
そしてその周りを囲っているのは、4人の……。
「あーあ、一番面倒なやつだよハル。PKだ」
PK。
簡単に説明すると、プレイヤーを殺すプレイヤーだ。
このゲームでは、プレイヤーは死亡すると"青い球体型の水晶"へと姿を変える。
その球体を破壊すると、その時に所持していたアイテム等が周囲に飛び散るのである。
このアイテムを狙うプレイヤーが、主にPKを行う。
「<観察眼>《シーイング》」
隣でソーイチがボソりとスキルを発動させる。
このスキルは、エネミーだけではなくプレイヤーに対しても有効らしい。
「……かわいそうに、あの娘初心者だよ。開始そうそう消滅させられるなんて。引退ものだね」
消滅。
"青い球体型の水晶"……プレイヤー・コアが破壊された場合、その時の所持アイテムを全て周囲にばら撒く。
と同時に、プレイヤーの"スキル"、"ステータス"、"名前"などのあらゆる情報が、このゲームから消滅する。
いわゆる、キャラクターロストというやつだ。
死ねば今まで育ててきたキャラが、文字通り死ぬのだ。
「それを防ぐためにいるんだろ」
「え、ちょっと、さすがにPKは面倒だって!」
ソーイチの忠告も聞き入れず、俺はずいと前へ出る。
草木が微妙に音を出し、女の子を囲んでいた4人のPKはこちらを向く。
「おい! そこで何してる!」
勢いよくPKに向かって啖呵を切る。
なお女の子が見ているから、少し張り切ったという点については許してほしい。
「何って、襲ってるんだよ」
「え、何?」
俺はPKだよこのクソガキ!とか言われる予定だったのに、拍子抜けだった。
というか襲うってどういうことだよ。結局、PKってことか?
「いやだからさ、"そういう意味で"襲おうとしてるんだけど」
「あっ」
よくみると男達は、女の子の腰に手を回していた。
いままさに服を脱がそうとしていたところであることは、安易に想像がついた。
「PKじゃないの?」
「初心者PKしても美味くないだろ」
ごもっとも。
だがこれはむしろ、PKより悪質である。
ネトゲの世界で女を襲うなんて、考えられない悪行である。
「と、ともかく! さすがに襲うのはまずいだろお前ら!! モラルっての考えろよ!」
「ハルー。耐性ないからって顔真っ赤にしすぎだよー」
「お前はもっと恥ずかしがれよソーイチ!!」
ともかく!と大声を出し、場を仕切りなおす。
このままだと"そういう流れ"で薄い本化まったなしなのである。
「その子から手を離せ。 斬るぞ」
動きやすくするため、背中から魔法鞄を地面におろす。
刀に手をかける。
「ソーイチ。相手のスキル構成」
「はいよ。わりと、対人系スキルよりだね」
と、球体がウィンドウを表示する。
そこには相手のスキル構成が書かれていた。
<武道>Lv12、<小太刀>Lv5、<ヒール>Lv3、<銃>Lv5。
他にもスキルは多く書いてあったが、特に注意するべきスキルはこれらだろう。
といっても、かなりレベルが低い部類である。
「大方、"こういうことするために"初心者狙ってるんだろうね。こんなスキル構成でも、初心者ならボコボコにできるし」
「全くだ。ただ、速攻でヒール所持者を落とさないと面倒くさそうだな」
ヒールとは、文字通り仲間を回復するスキルである。
再使用時間はそれなりに長いものの、やはりあると戦闘が長引いてしまう。
戦闘が長引くと、人数不利なこっちが消耗していく。
「ハル。<武道>持ちが構えた。スキルくるよ」
ソーイチが言ったとおり、1人の男が中腰の構えになっていた。
「誰かは知らんが、1人で多人数に挑もうなんてえらい度胸だな」
中腰の男が、挑発してくる。
「んー、女の子の前でちょっと格好つけたいから?」
「抜かせ」
刹那、中腰だった男がものすごい速度で突進してくる。
<武道>系のスキル<突進>だろう。
「刀技-<燕>」
スキルを発動させ、刀に手をかけなおす。
こちらに向かって来る男が、到着するタイミングを計る。
3,2,1……。
ここだッ。
「よっと」
刀を引き抜き、それを盾のように構える。
突進してきた男の拳が、刀に命中する。
瞬間、刀が青白く光を放ち男を弾き返す。
「うおッ!? なんだこれ!?」
弾かれたことに動揺し、男は後ろによろめく。
「<大刀>スキル。"相手の攻撃のダメージを喰らってから弾き返す"普通なら使わない、微妙なスキルだが」
そのまま俺は、スキルも使わず男に刀を振り下ろす。
「こういう格下相手に、たまに使うスキルだよ」
同時に俺の刀が命中し、男のHPバーが真っ黒に変わる。
パン!とはじける音と同時に、男は"プレイヤー・コア"へと姿を変えた。
このまま1分ほど放置すると、またここに復活することになる。
「容赦ないねハル。刀で人間を斬るなんて、相当なサイコパスだとボクは思うよ」
「気が散るからだまってろソーイチ!」
続けて、プレイヤー・コアを破壊しないまま次の標的を狙う。
一撃で倒せる程度の相手だから、先に<ヒール>持ちを倒さなくてもいいか。
面倒なのは、能力低下をばら撒く<銃>スキル使いか。
「<瞬歩>!」
次は自身の足が、黄色に光り輝く。
そして一歩前へと踏み出した刹那。
「う、うわッ!?」
俺に照準を合わせようとしていた、<銃>スキル持ちの眼の前に現れる。
まっすぐにしか移動できず、しかも再使用時間がとんでもなく長い<瞬歩>だが、こういう場合は使える。
「<時雨>」
刀を一度納刀し、即座に引き抜く。
刀身が赤色に染まり、<時雨>が発動する。
「ま、まって、うわっ」
<銃>スキル持ちの腹部を切り裂く。
続けて近くに待機していた<ヒール>持ち、<小太刀>持ちに一発ずつ斬撃を加える。
丁度<時雨>で攻撃速度が増強された3回で、敵を全て仕留める。
斬られたプレイヤー達は、全員小さなうめき声を出しながらプレイヤー・コアへと姿を変えた。
「お見事。まぁ格下すぎたね」
ソーイチの声を背中で聞きながら、プレイヤー4人を斬った刀を鞘に納める。
と、急いでうずくまっていた女の子の手を取る。
全員のプレイヤー・コアは破壊していない。
そのため、もう40秒ほどすればまたさっきの奴等がここに復活することになる。
さっきは不意打ちと相手の驕りで勝つことができたが、本気で陣を組まれてしまえば勝てる確立は低くなる。
<瞬歩>も再使用可能になるまで、12分も要する。
プレイヤー・コアを壊さない場合、急いで退却するのが無難だ。
……あと、人間を刀で切り伏せ続ける癖は、俺にはない。
「や、やめてっくださいっ……!」
俺が手をとると、ひどくおびえきっている様子だった。
当然か。男4人に囲まれて、襲われかけたんだから。
とりあえず俺は手を離す。このまま握っていても、余計不安にさせるだけだと感じたからだ。
「……えっと、その、なんだ……」
なんていえばいいのかわからず、あたふた戸惑う。
ここでこそ格好付ければいいのだろうか……?
「ソーイチ……」
結局ソーイチに助けを求めてしまう。
「……はー……」
溜息をついて、ソーイチはふよふよと女の子の前へと移動する。
男の人間が説得するより、球体っぽいのが説得したほうが安心しそうだし。
「えーっと、さっきの変態はこの男が倒しました。ここにいるとまた復活してくるから、急いで町に戻りましょう。これでいい?」
最後に俺に確認をとるソーイチ。
うん、必要なことは伝わったな。
「こ、これ」
次に俺は、緑色の矢印が印字された石を女の子に渡す。
「……?」
頭に疑問符を浮かべている女の子。
解説してあげてくださいと、ソーイチに目配せをする俺。
「……はぁ。それは"帰還石"と言います。強く握って"戻りたい"と念じていれば最寄の街へと帰ることができます。それでおうち帰ってください。これでいい?」
「ああ、なんか棘あるけどそれでいい……」
ソーイチの説明に納得してくれたのか、女の子は一度こくりと頷いてくれた。
それを確認し、俺は急いでその場から駆け出した。
というか、結構な美少女に見つめられたのがすっごい恥ずかしくて、逃げた。
このゲームは、キャラクターメイキング……つまり外見変更こそ初回ログイン時にあるものの、性別変更だけは不可能になっている。
正確に言うと、某アイテムを使えば女性にもなれるらしいが、少なくとも初回時は確実にリアルの性別のままである。
まぁ、つまり俺が赤面するのも当然なのである。
「……顔真っ赤だねハル」
「うっせえ、女の子耐性ないんだよ俺は」
「…………はぁーーー……まぁいいや。ところでさ」
「な、なんだよ」
「魔法鞄。どうしたの?」
背中を手でまさぐる。
パンパンパンと、叩く。
ない。
「ない」
ソーイチを見る。
たぶん忘れてきたんだろうということを、表情で示す。
「あーーーーもーーーバカハルーーー!! ボクの研究費とか"とりパン"とかどーすんのさあああ!」
急いで森の中央に戻ったが、そこにはもうすでに俺の鞄はなかった。
全部すっきりとられたのだ。
そこから自宅までの帰り道、俺はずっとソーイチに体当たりされ続けたのだった。