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神崎ハルという男 前編(1)

 鋭く尖った爪が、俺の頬を掠める。

 血はでないし、痛さもそこまでのものではない。

代わりに、視界の右上に"表示されている"緑色のバーが、少しだけ黒色へと変色する。

 爪の持ち主は、"森熊"。

 "リアの森"に出没する"フィールドボス"だ。


「クッソ、痛ってえな!」

 

 痛みはほとんどないが、爪が掠ったという感覚だけはある。

その感覚のせいで、特に痛くもないのに俺は声を上げる。


「ハル、ちゃんと回避しなよ」


「攻撃速度速いんだよアイツ!」


 熊から次々に繰り出される攻撃を避けながら、俺は声に反応する。

声を発しているのは、俺の頭上をくるくると徘徊している掌サイズの球体だ。


「ハルの反応速度が遅いんだろ」


 身も蓋もない事を言われる。

 相変わらずコイツは辛らつだ、実際戦ってるのは俺だってのに。


「ソーイチはいいよな、部屋で見てるだけで!」


「ああ本当にいいよ。部屋からでないでいいなんて幸せすぎる」


 クソ、皮肉で言ったのに通じてない。

 もしくは皮肉で返されてるぞこれ。


「そんなこと言うなら、今回の報酬は俺の独り占めでいいか?」


 ニヤリと頬を釣りあがらせる。

いまからこの熊を倒すのも、この熊から獲得できるであろう報酬も、全て受け取るのは俺である。

いつもはそこからソーイチにも分配するが、そこを決定できる権利は自分にある。

 だってソーイチ、働いてないし。


「そ、それは困る! ボクだって魔法の研究費用とか結構かかってるし、それにご飯食べられないのはキツいよ!」

「じゃあイチイチ煽らないこと」

「……っちぇ、わかりましたよハル。」


 その言葉を幕切れに、ソーイチは言葉を発さなくなった。

アイツにとって重要なのは"魔法の研究費用"と"晩飯"だ。

その二つを餌にすれば、結構従順なのだ。


「さて……っと」


 攻撃を避け続けているだけでは、相手を倒すことはできない。

 相手の頭上に表示されている緑色のバー……いわゆる、体力バーを真っ黒にしなければならない。

そのためには、攻撃だ。


「刀技-<時雨>」


 俺は腰に差した刀に手をかける。

声に呼応して、赤色に刀身を発光させたその刀は抜刀される瞬間を待ち望んでいるかのようだった。

 刀技-<時雨>。

 このゲームは、スキル名を声に出す事でスキルの効果を発動することができる。

そしてこのスキルは"太刀系"スキルの基礎中の基礎。

 抜刀後3回までの攻撃速度を、大きく上昇させるスキルだ。


「ソーイチ、タイミング」


 <時雨>は、その強力な効果と引き換えに3回斬った後に少し隙ができてしまう。

その隙に"大技"を決められてしまえば一撃で死亡なんてこともありうる。

だが、俺にはその"大技"がなんなのか、そしてどんなタイミングで放たれるのか解らない。

 そこで、ソーイチの出番だ。


「はいはい。<観察眼>《シーイング》」


 ソーイチが呟いたスキル<観察眼>は、視覚で捕らえた敵の具体的なHPや弱点。

そして所持しているスキルとその再使用時間クールダウンを丸裸にすることができる。

といっても、どんな敵でも丸裸にできるわけではない。

 敵の強さ以上の、<観察眼>のスキルレベルを持っていないと確認することができない。

 その点、ソーイチはかなりの<観察眼>スキルの持ち主だ。


「<大熊ファング>の再使用時間が12秒後、その他は気にしなくていいよ。とりあえず今叩きに行っていい」


 この<大熊ファング>というスキルが、この敵が持つ最大の"大技"なのだろう。

どうやら既に使用済みらしく再使用するための待機時間が残り12秒。


「了解ッ!」


 その言葉を聴き、俺は腰の刀を鞘から引き抜く。

抜刀されたと認識された刀が、より一層赤色に輝く。


「ぐおおお!」


 勿論熊も、ただ斬られるだけではない。

 "大技"以外にも、再使用時間なしの<通常攻撃>やその他の気にしなくていいスキルもあるはずだ。

それらの行動をふんだんに使用し、俺の攻撃を防ごうとする。


「あぶねッ!」


 熊の一撃目を、ステップで回避。

 そしてまずは一斬り目。

2尺3寸程度の刀を、横に薙ぐ。


「ぐおおおッ!!」


 熊が苦痛の叫び声を上げる。

勿論血は出ていないが、代わりに対象のHPバーを少し黒くすることができた……はずだ。

……本当にできたかわからないレベルでだが。


「ついでにここでもう一撃」


 横に薙いだ刀で袈裟斬りをかまし、二斬り。

 熊の次の攻撃が始まる前に、さらに三斬り目。

この攻撃速度こそ、<時雨>の恩恵だ。

 

「ぐああああ」

 

 熊が少しよろめく。

 同時に、俺は<時雨>のデメリットである<硬直>を0.5秒ほど受ける。

もしここで<大熊ファング>が再使用可能だったら、ダメージを貰っていただろう。

 スキルには、<発生時間>というものがある。

スキルを宣言してから実際に効果が現れるまでの時間である。


「<大熊ファング>って、<発生時間>何秒だったんだ? ソーイチ」


「即時」


 つまり、スキルを宣言された瞬間に効果が発動する物ということだ。

 そんな速度で発動されたら0.5秒の硬直でも命取り……というわけである。


「ところで、次の攻撃くるからね」


「うわっとッ!」


 よろめいた熊が体勢を立て直し、即座に爪を突き出してくる。

俺は地を蹴り後方に飛び、少し相手と距離を離す。

 そして相手のHPを確認する。

 ……本当に減ってんのか? これ。

これでもこの刀の攻撃力は、相当に高いし<時雨>を使ったことで威力が下がっているわけでもない。

なのにこの程度しかダメージを与えれないのは、ひとえにコイツが"フィールドボス"であるからだろう。


「やっぱかえてえな……フィールドボス」 

「ま、普通4人以上で狩るものだからね」

「しょーがねーだろ! パーティー組むの怖いんだから!」

「……ま、それもそーだね」


 ソーイチとの話が終わったところで、よしと気合を入れる。

 ここからは根気との戦いだ。

熊のスキル<大熊ファング>を誘発させ、その再使用時間中に<時雨>をお見舞いする。

 これを繰り返すだけだ。


「あと何時間掛かると思う? ソーイチ」

「聞きたい?」

「……いや、やめとく」


 聞くと多分、心が折れる。

 本当にあとは気力とやる気と、ともかく気合の世界なのだった。

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