表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編集

ほのおの ひめ

作者: 巫 夏希




 むかあしむかし、あるところに小さな国がありました。その国はとっても小さな国でしたが、周りの国と友だちで居続けたために、ずっと小さな国は小さな国でいられたのです。


 あるとき、小さな国のおきさきさまが、子どもをおなかに宿しました。子どもを宿してからというものの、変わった現象が国をおそったのです。


 まず、国が全体的に暖かくなりました。もともとこの国は北にあるからかとても寒かったのです。それを知ったときの民の喜びようといったら! 絵にも文字にも表現出来ないくらいに、民は喜んでいました。


 それがおきさきさまの子どもが理由だということに気がついたのは、ある学者でした。おきさきさまのおなかに触れたときに、その暖かさに心が和んだといいます。


 それがうわさになって、民に伝わるのにそう時間はかかりませんでした。民がおきさきさまに会える時間をねらって、おきさきさまのおなかに触るのです。すると、様々ななやみを抱えた人たちは、みるみるうちに元気になっていくのです。


 ですがおきさきさまはそれを見て面白くありません。それは当然でしょう。中にはおなかだけを触り帰ってしまう人間だって居ましたから。


 おきさきさまはみるみるうちに痩せ細っていきました。おなかに子どもが居るならば、合わせて二人分の栄養をとらなくてはいけないのに、いろんな人がおなかに触れるストレスであまり食事が喉をとおらなかったのです。




 そしてそれから――数日たって、ようやく子どもがうまれました。


 おきさきさまは眠ってしまったまま、起きることはありませんでした。


 おきさきさまのからだは、とても冷たかった。お医者さんは最後にそういいました。




 赤ちゃんが成長し、大人になるころには彼女も立派な女性になっていました。彼女はおきさきさまの美しさを受け継いでいたのです。


 そして、もえるような赤い目は、見るものを圧倒させます。中には惚れてしまう人間だっていたでしょう。


 ですが彼女は、一切返事を出しませんでした。なぜだとおうさまがたずねても、彼女は首を横に振るばかりでした。




 そんな彼女でも、恋をしなかったというわけではありません。となりの国の王子さまにある日彼女は恋をしました。その冷たく青い目は、見るものを圧倒させます。それは彼女も同じでした。


「美しい方がこの国にいると聞いた」


 だから彼からその言葉を聞いたときはとても嬉しかったのだ。


 だが、彼女は知っていた。そしておうさまもほんとうは知っていました。彼女がどうして人とお付き合い出来ないのかを。


「私は人を燃やしてしまう。触った人間を必ず燃やしてしまう体質にあるの」


 だから、王子さまからの六度目のプロポーズのときに、彼女はとうとう打ち明けました。


 おきさきさまがねむってしまったのは、幼い彼女があまりに暖かく、からだの中がひどいやけどになっていたからだということを、彼女は大人になっておうさまから聞かされました。


 彼女はそれを聞きましたが、ふしぎと悲しくなりませんでした。


 涙をながしても、直ぐに蒸発してしまうからでしょうか?


 いいえ、ちがいます。その答えは、きっと彼女にも解らないのです。




「それでもあなたが好きだ」


 王子さまは何度も突き返されても彼女だけを愛し続けました。彼女としても、ほかにいい人がいるだろうになぁとしか思わないだけでした。


 ですが彼女は、理解しました。


 彼に『さわってしまうと大変なことになる』といったにもかかわらず彼がそうなるということは、彼はそれを理解した上で好きになってくれたのです。


 だから彼女も。


 それに大きく頷きました。


 そして彼と彼女は抱き合って、キスをしました。彼の方から、彼女に抱きついてきたのです。


 そして、来てほしくないそれが、始まってしまったのです。


 それが始まったのは手から肩にかけてでした。火自体はそんなに大きくありません。何回か叩けば消えてしまうかもしれません。


 それでも彼は彼女から離れません。長い口付けが続きます。その間も肩までの火は足に、からだに、そして全体に広がっていきます。


「これ以上触れているとあなたが死んでしまう」


 彼女はそう言いました。だけど彼は小さく笑って、君とキスして死ぬなんて本望だよ、と冗談をいっているようにいいました。


 それでは彼女から離れるのはどうでしょうか。口付けは既に終わっています。急いで彼からからだを引き剥がすことも考えました。


「大丈夫だよ。僕は。君は泣かなくていいんだ」


 彼女の目からは涙がこぼれていました。今まで蒸発していたのが嘘みたいにぼろぼろぼろぼろぼろぼろと地面に落ちていきます。


「泣かないでくれよ、君らしくない。最後に笑って、僕を見送っておくれ」


 彼は言いました。


 だから彼女は最後にせいいっぱい笑いました。そのかがやく美しさは太陽の下に咲く一輪の花のようにけなげでしたが、なぜかそれが彼女の笑顔で一番綺麗に見えました。


 ――そして彼は、灰になりました。






 お墓の前で彼女は泣いていました。だけど涙は蒸発していきます。


 彼女は泣いていました。だけど涙は出てきません。


 ――それからずっとあとのお話。彼女は結局生涯結婚することはありませんでした。


 彼女が眠る場所は、もう決めていたのです。『私の眠る場所へ向かいます』とだけいって、彼女は姿を消しました。





 それから数日。彼女は眠っている姿で見つかりました。


 彼の墓に寄り添うように、かがやいたあの笑顔で眠っていました。






おしまい


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ