曼珠沙華
彼女は曼珠沙華の花が好きだった。
血の如く赤いその花を、皆忌み嫌っていた。
けれど彼女は、彼の世で死者を慰め守るために咲く、強く優しい花だと言った。
「曼珠沙華を目印にするわ」
50回目の満月を迎える前日、彼女は俺にそう告げた。
「だからあの花を頼りに、私を探してね?」
涙をこらえるような、痛々しい微笑みながら。
* * *
愚図。
出来損ない。
一族の恥。
面汚し。
顔を合わせればそう侮辱され、名前で呼ばれたことなど一度もない。
ただ皆と同じように、角が生えてこなかっただけ。
ただそれだけの理由で、自分のいられる世界を奪われた。
息ができないほど苦しくて、生きるのが辛かった。だからその世界から逃げた。
目的の地などなく、ただがむしゃらに走り逃げた。
迷い込んだ森の奥深く。
突然目の前の木々が開け視界に飛び込んできたのは、一面に広がる曼珠沙華の花。
自分の髪と同じ色を持つその花の海に、迷うことなく飛び込んだ。
そうしていれば、自分を花達が守ってくれるような気がして。
曼珠沙華の海に身を埋め、ひたすらに泣いていた。どれぐらい泣いただろう。ふと、こちらへ近づく何かの気配があった。
「そんな所にいたのか」
頭上から降ってきた声は、自分を追ってきた奴らのものではなかった。
顔を上げると、そこには見知らぬ妖怪の姿。
その妖怪は「私」の顔を見るや否や、ほぅ、と安堵したような息を溢し、優しげに微笑んだ。
「随分と探したよ。長く時間はかかってしまったが・・」
そう言うなりしゃがみ込んで、「私」の頭にぽんと手を置いて撫でる。
「やっと見つけたよ。・・おかえり」
見ず知らずの妖怪であるはずなのに、気が付けば「私」は彼の腕の中に飛び込んでいた。
引っ込んでいたはずの涙がまた溢れ出して、止まらない。
「もう大丈夫だよ」と彼は言った。
その一言に、これまでの痛みも苦しみも全てが流されていく。
「ただいま」
「私」は思わずそう答えて、泣きながらも笑って見せた。
それが「私」と彼の出会い。
長月の、満月の浮かぶ夜のこと。