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一話

 女が夜道を走っていた。

 片田舎とも言うべき場所であると、少し郊外に出ればほとんど人気の無い、車が通りすぎるだけの道、というものも存外多い。

 ぽつぽつと曲がり角を照らす街路灯こそあれ、民家の明かりなどは一つもなく、時折思い出したかのように、果樹園や、キノコ栽培の木々が積まれているなど、人の手が入っている場所がある。

 むろん、夜ともなれば通り抜ける車以外、うろつくのは半ば野生化した犬や猫、あるいは元から居る狸やイタチといった動物たちだ。

 健康のために歩くにも、スポーツマンがトレーニングのコースにするにも、いささか距離がありすぎる。

 そんな夜道を女が走っていた。息を荒げ、泣きはらした目で。

 走る、といっても、疲れからか、足はあまり上がっていない。それはもう早歩きと大差がないものだった。

 前方は下り坂になっているのだろう、最初にエンジン音、そして少し経ってから車のライトの明かりが夜道を照らす。

 女は喜色を浮かべ、両手を上げて、大きく手を振り、注意を引こうとした。

 何の変哲もないハッチバックの車、運転手は女を視認したのか、減速し、女の手前で止まり、ドアが開き、まだ十代のおもかげを残した若い男が出てきた。


「どうかしましたか?」


 と、訝しげな顔で、女に聞いた。

 女は、ここで見捨てられたら困るとばかりに、必死の顔で、助けて下さい、と言う。


「変な男に、追われているんです、お願いです、警察まで──」


 言い終わる前に男に腕を掴まれ、女は息を飲んだ。

 男はニヤニヤと笑み、喉の奥で笑った。なーんて、と小さく呟き、また笑う。

 女を掴んでいない方の手に握られていた携帯電話で誰かと通話した。


「ああ、もしもし、お待たせしました社長、ええっと……とりあえずはい、工事中の看板は置いときました。てか、女の子逃げちゃってるけどいいんですか? ああ、はい」


 レイプのシチュね、と言い女を見る。女はびくりと身をすくませた。


「え、傷つけちゃっても、って、うわーそりゃまた、ああ、はい。らしくしときます、はい、それでは」


 通話を切り、携帯電話をポケットに突っ込み、思いのほか強い力で女の手を引っ張り、車に歩き出す。


「い、いや……いや」


 力に抗えないのか、抗う気力も失ったのか、女は怯えた目のまま、男に引きずられる。


「大変だねー、お姉さん、変態に売られちゃうとさ、彼氏にさ、捨てられたんでしょ?」

「あ……あ」


 女の目から涙が溢れる。とうとう張り詰めていたものも切れたのか、力を失い、地面にへたりこんだ。

 その女を気の毒気に眺めながら、男は車の後部座席から黒いケースを取り出し、開ける。


「でもまー、こっちも仕事なもんでさ、なんでもクライアントは本当のレイプってのをやってみたいらしくてさ、しかも趣味の悪い事にボロボロの方が好きなんだって。だからまあ」


 何かをはめ込むような音が聞こえ、女がのろのろと首を上げる。男が手に持つ銃、映画でしか見たことのないような、軍隊が持っているような銃を見て、驚きに目を丸めた。

 男は無造作にその銃口を路面に向け、トリガーを引く。

 ガシュと、どこか機械的な音が響き、女は呻きと悲鳴の混じった声を上げる。


「はは、大丈夫だいじょーぶ、ちょっとエアガン改造しただけだからさ、当たっても痣になるくらいだよ、BB弾だし」


 サバゲーって知ってる? と男は笑いながら銃を女に向け、路面に撃ったのと同じくらい無造作にトリガーを引いた。


 銃声と共に女性が太ももを押さえ、身悶える。ぱくぱくと口は空くが声が出てこない。やがて、痛みが引いてきたらしく、呻き声か泣き声か判らない声を漏らすと、男は再び銃口を女に向け言った。


「あー、ごめん、規制前に改造してた奴持って来ちゃってた。そりゃ痛いよなー、ガラスくらいなら破っちゃうし。まあほら、鬼ごっこだ。追うから逃げなよ、そこで撃たれまくってもいいけど」

「う……うぁ……」


 痛む足を無理やり立たせ、女は恐怖に怯えた顔で、何で、何で、と繰り返しながら、その場を逃げ出そうとし、直後に背中を撃たれ、呻く。


「そっちじゃなくてね、向こう」


 そう言い、男は女が来た方向を指さした。


 ◆


 ──昨日は、田川このみ、というどこか牧歌的になってしまう名前に、悩んでいたな。

 そんな事を思いながら女は泣きはらした顔を虚ろで染めながら、夜道を歩く。

 結婚する予定だった。

 そのはずだった。

 友達の紹介で会った男、田川という真面目で誠実そうな年上の青年。

 公務員をしていて、パッと飛び抜けた所もないが、適度にハメを外す事は知っていて、気詰まりにはなりそうもない相手。

 恋愛相手としてはちょっと見れないものの、一緒に暮らすなら良い。

 二年ほど付き合い、諸事相性が良い事を知ってからは、結婚の文字も浮かんでくるようになった。その手の探りを入れてくる事もまたあった。


 ──この人となら。

 妥協した結婚なんてまっぴらだ、そんな事を考えていた綾瀬このみも、そう思うようになっていたのだ。

 彼にしては、とても頭をひねったのだろうな、とも思える、そんなムード溢れるような場所でプロポーズを受け、そして肯定の頷きを返したのもまた、自然の流れだった。


 ある日、二人揃って誘拐された。

 それは何の前触れもなく、予期する事ができない事。なぜ私達が、と彼女は何度も頭で思ったものだ。


 薄暗い部屋で椅子に縛り付けられ、綾瀬このみは顔をおかしなマスクで隠した男たちに囲まれていた。


「あなたの彼氏に聞いてみたんです。五百万を進呈するので、彼女を売って下さいと。そしたらあなたはこのまま無事に解放しますよ、とね」


 狼男を模したマスクで顔を隠した男がおどけた素振りで言う。


「彼氏さんは首を振りました。金などいい、僕はいいから彼女を解放してくれと、愛されてますねー」


 綾瀬このみはその言葉を聞き、こんな時だというのに頬が緩みそうになり涙が溢れる。

 マスクの男は、それでですね、と話しを続けた。


「五千万を進呈するので、彼女を売って下さいと頼んでみたんです」


 今ならおまけで何と外国に立派な家と土地も付いちゃいます、などと通信販売のようなノリで話す。


「なお渋るので、綺麗なメイドさんも付けて、後はちょこっと、このまま居なかった事になってしまうのと、少々道から外れても安楽な暮らし、どっちがいいでしょう? なんて道理を説いたら頷いてくれましてね」


 いやあメイドさんが効きましたね、と腕を組んで頷くマスクの男。

 彼女は、言われても、信じなかった。

 信じるはずがなかった。

 彼が金で自分を捨てるなんて事があるなんて、思いたくはなかった。


「あ、もちろん、私たちは約束は守ります。契約書もばっちり交わしました。彼のパスポートも上等のスーツも揃えて、今日の便で実際に物件を見て貰うつもりですよ」


 それでですね、と剽げた素振りで指を立てる。


「実に忙しないのですが、飛行機の時間が迫ってまして、そろそろ彼氏さんも行かなきゃならないんです。最後のお別れくらいは時間をとってあげたかったのですが」


 行きましょうか、と縄を外され、連れ出される。

 表は荒れた庭だった。冬となり、短い夕暮れに照らされ、木々がまるで影絵のようなシルエットを刻む。

 誰かの別荘だったのだろうか、どこか麻痺した心のまま、綾瀬このみはそんな事を思い、もどかしいほどに動かない口を無理やり動かし、どうして、と言った。

 明らかに高級そうな、自身の持ちものではないスーツを着込み、ドラマや映画でしか見たことのない現金を運ぶためのトランクケースを持った彼は、地面に目を落とし、答えようとはしない。

 どうして、と乾いた声でもう一度問うも、やはり答えようとはしない。


「はい、感動的なお別れでした。ただ申し訳ない事に、そろそろ出ないと最終便に間に合いません、さ、行きましょうか田川さん」


 狼男のマスクを被った男がそう言い、エンジンがかかったまま待機していた、高級車の後部ドアを開け、慇懃な仕草でこちらへ、と言う。

 車が去ってからも綾瀬このみは放心状態だった。

 何も考えられない、というよりも何も考えたくないのかもしれない。

 ただ、状況はそんな放心状態を許してくれなかった。


「さて……綾瀬さん」


 声を掛けられる。芝居がかった仕草で手帳を取り出すと、狼男のマスクの男は読み上げ始めた。


「綾瀬このみ、二十一歳、貿易会社の事務勤務。ははあ、最終学歴は高校ですが英語が堪能らしいですね。家庭は両親と祖母、弟が一人、愛犬シャビーはスコティッシュテリア、ご友人の幅もなかなか広い。ほほう、スリーサイズは中々の数字、着痩せするタイプなんですねえ。体型維持にも気を使ってらっしゃる?」


「な……え?」


 何故という目で彼女が見ると、狼男のマスクの男は肩をすくめ、後ろで黙ってそれまで見ていた男達に振り向き言った。


「さて、御客様がた、ご覧のとおり、中々『普通』の女性のようです、経験人数も一人、先程行ってしまった冷たい彼氏のみ。ほどよい反応を示してくれるに違いありません、どうかご存分にお楽しみ下さい」

「……あ、え、何、を?」


 何か酷い事をされるのだろう。

 麻痺した頭でも、それだけは理解できた。

 狼男のマスクの男は肩を一つすくめ、男達の輪から外れ、どこかに携帯電話で指示を飛ばす。

 豚のマスクを被った、太った男がゆっくりと近づく。顔を寄せ、言った。


「すこうしな、わしらの憂さ晴らしに付き合って貰おうと思ってなあ」


 なに、死にはしない。そう言い、含み笑いと共に胸をまさぐる腕。

 綾瀬このみはぞっと背筋に鳥肌が立ち、そして体がそれで動いた。


「……は、はぁっ……や、いや」


 腕から逃げるように、後ずさりをし、自分が今拘束されてない事をやっと自覚すると、男達の影から逃げるように、恐怖で蒼白の顔に涙を浮かべながら、走り出した。


 ◆


「いやああああ!」


 ガシュ、ともう聞きたくない音が響き、同時に彼女は身を丸め、叫びながら背中を叩く激痛に耐える。


「う、ふぐ、うっ、うええ」


 泣き声なのか何なのか、判らぬ声。

 服は所々が擦り切れ、肌のあちこちは痣となり、血が滲んでいる。


「ほらほら、早く立たないとまたフルオートで撃っちゃうよー、痛いよー」

「あ、ぐ、う、ううぁ」


 よろよろと立ち上がり、棒のようになってしまった足で歩く。

 なんで、どうして、なんで、どうして。

 もう難しい事を考える余裕もなく、ただそればかりを頭の中で繰り返す。

 判るのはただ、止まると痛い、という事のみ。

 どれほど追い立てられ、歩いたか。

 気付けば、道を塞ぐように大きな車が三台、並んでいる。

 ライトに照らされ、様々なマスクを被った男達の影が見える。


「おお、よい感じに仕上がっとる」

「見ろあの顔、品の良さそうな顔が涙と鼻水で酷い事になってるな」

「少し責めすぎなのでは? 私達で責める楽しみというものの余地が無くなってはどうも」

「いやいや、女はなかなかあれで強い、まだまだ楽しめるでしょう」

「その通り、その通り、それに今回の趣向は強姦、諦めの色に染まった顔もまたよろしいもので」


 男達が近づいて来る。

 綾瀬このみは虚ろな目でそれを見、路面に力尽きたように座りこんだ。

 いっそ狂ってしまえばいいのに。

 そう思いながら空を見上げた。

 夜空は腹立たしいほど綺麗な星空が広がっている。

 彼女は、何とはいえない色々なものを、諦めようと、静かに目を閉じ──

 ずどん、という、どでかい岩でも落ちたかのような突如の爆音によって遮られた。

 アスファルトで舗装された路面に、何かが突き立っている。

 車の明々としたライトに照らされたそれは、焦げ茶色で、ざらざらとしており、焦がした木のようでもある。


「……木?」


 と、誰かが困惑した声で呟いた。

 だが、果たして木なのだろうか。

 アスファルトに突き立つそれは、形状からすれば、棍棒のようでもある。先端は細くなっているが、一番太い部分は大木の幹ほどもあるだろう、長さは──少なくとも見えている部分は大人の腰の高さほどもあった。

 あまりに、理解を超えた事が起こりしんと静まりかえったその場に、りん、と鈴の音が響く。

 そしてその鈴の音にも似た少女の声。


「天が呼ぶ、地が呼ぶ──」


 そこで途切れた。

 二秒、三秒経ち、トウッと気合いの一声、空中で二転三転し、道路に突き立ったままの、巨大な棍棒じみた何かの隣に、人影が降り立ち、仁王立ちで腕組みをし、それはもう堂々とした様子で、男達に向かって言った。

挿絵(By みてみん)

「以下略ッ! 忘れた! とりあえず悪党っぽいお前ら、私が相手にゃッ!」


 猫だった。

 どちらかといえば猫娘だった。

 出来の良いコスプレに見えなくもない。

 艶やかで長い黒髪、対照的な白磁の肌、そして何故か頭の上に髪と同じ色の猫耳、腰あたりからは黒い尻尾が伸び、ゆらゆらと揺れている。どこまでも猫キャラを意識しているのか、首もとには鈴のついた首飾り。

 この寒空というのに、服装ときたら、半袖の皮のジャケットに動きやすそうな皮のスカート。ブーツはまず男物でもあまり見ないほどに頑丈そうで、その頑丈さとは裏腹に頼りなげな、白く細い足が覗いていた。

 少女、と言えるだろう。歳のほどは十二か十三ほどにも見え、意思の強そうな金色の瞳を爛々と輝かせている。

 一陣の風が吹き、しんと鎮まったその場を通り抜ける。


「……なー、お姉さん、これってハズしちゃったと思う?」


 猫っぽい少女は向き治り、綾瀬このみに聞く。だがしかし、聞かれても困る事ではあっただろう。

 放心しながら、首をかくんと傾けた、その後ろから声が掛けられる。


「何、お前? ほらほらどいて、撮影の邪魔だよー、お仕事なんだから」


 若い男の左手にはいつから撮っていたものか、小型のカメラが握られている。


「……本当? 企画モノとか?」


 年少の少女の口から当たり前のように企画モノ、などと出てきて、マスクをしていた男の一人がげほ、と咳き込んだ。

 顔をしかめながら、若い男は頷き、そーそー、と適当な様子で返す。


「だからほら、とっととどっか行……かせるのも不味いんか。んん……んー、まいったねえどーも」


 そう言い、左手のカメラをポケットにしまうと、懐から黒い、筒状のものを持ち出した。つかつかと少女に近寄り、にっこり笑うと、銃はベルトでぶら下げ、空いた右手を差し出し、ほい握手、と言った。

 意表を突かれたか、少女は釣られたように右手を出し、握手をし、その少女の手を掴んだまま、左手でもった黒い筒の先端を押し当てる。

 バチッと鳴った音と共に、少女はみぎゃっと声を上げ、飛び退く。


「おおお……ビリっときたー、そう言えばそんなのもあるんだっけ」


 驚いたにゃ、と言い、汗を垂らす少女。

 しかし、驚いた顔をしているのはスタンガンを手に持った男の方もだった。


「うそだろ、おい、これ、結構出力上げてあるんだけど、ビリッときたで済むもんか?」

「済むんだから仕方無いにゃー」


 とりあえず、と言いながら、少女は路面に刺さったままの巨大な棍棒に見えるそれの端、よく見れば握りの形に削られているそれに手をかけ──

 ぼご、とどこかコミカルな気さえする音と共に引き抜かれたものは、持っている少女の背丈よりも大きかった。反りの少ない半月、とも言える形のそれ、どこかで見た事のあるようなものを少女は片手で軽く扱い、肩に背負って言う。


「お前が私にケンカ売ったって事は理解したー」


 のんびりした台詞と裏腹に、その笑みは肉食獣のそれだ。鋭く発達した犬歯を見せ、男に向かい、一歩を踏み出し、二歩目でトップスピードに。

 離れて見ているものにもそれは視認出来るか出来ないかの動き、至近にいた若い男には消えたようにしか見えなかった事だろう。

 鈍い音と共に男は棍棒で盛大に殴り飛ばされ宙に舞う。

 地面に落ちる事さえ許さぬ、というかのように少女はその細い足から捻出されたとは思えぬ爆発的な力で飛びつき、あろうことか、吹っ飛んでいる最中の男に追いつき、組み付いた。

 そのまま、空中で軽業でも披露するかのように一回転、親切ご丁寧に首など折らないよう手を添えられて、ふわりと地面に落とされる。


「やっぱ見たまんま、ただの犯罪かー。んー、こっちだと荒事の扱いってどーだったっけ」


 唇に指を当て、束の間悩む。やがて、まあいっか、と呟き。

 その軽い言葉と共に、まだ目を回している男の両足を掴み、脇で抱える。頑丈そうなブーツを男の股間に当て──


「……ッギャアアアアアアアアアアアア!」


 夜の静寂を打ち破る悲鳴が響き渡った。

 その間たっぷり三十秒。

 削岩機を思わせる凄まじい電気アンマ。

 ドゴドゴドゴドゴ、という音がマスクを被り遠巻きに見ている連中の所まで聞こえ、皆一様に股間をきゅっと抑える。

 ガクガクと揺らされる男の腰はあまりに滑稽ながら、当の本人にとってはとても滑稽どころではなかったのだろう、やがて泡を吹いて失神してしまった。今日を以て彼の男は亡くなってしまったかもしれない。

 いー仕事したにゃ、と言いながら棍棒を肩で抱え、マスクを被っている男達に近づく。

 怯えたように後ずさるマスクの男達。


「き、君は私をだ、誰だと……」

「んー、誰にゃ?」


 軽い調子で猫の少女は言い、次の瞬間、眉をひそめ、ぐるりと向きを変えた。

 ギン、ギン、と金属を打ち合ったような音が聞こえ、少女はとんと地を蹴り、距離を取る。


「凄い音がしますねえ、本当はそれ鉄か何かですか? はは、だとしたらそんな重たいものどうやって持ってるんだか」


 狼男のマスクを被った男が拳銃を手に、剽げた調子で言った。


「見た目だけとはいえ、私みたいな少女相手にテッポーとか男として恥ずかしくないのかにゃー?」

「いえいえ、うちの社員が飛んでるとこ見ましたから、あんな真似出来るのを正直、人とは思いたくないですよ」


 大体アニメじゃあるまいし弾丸弾くとか無いですって、ねえ、と声音だけは相変わらずふざけた調子だ。

 狼男のマスクをした男は、拳銃を構えたまま、じりじりとすり足で移動する。

 マスクをつけた男達はいつの間にか駆けつけた目立たぬスーツの男たちに誘導され、車に乗り込み次々とその場を去って行く。

 猫の少女が動けないのはその男の銃口が、動こうとした瞬間に、自分ではなく、未だへたり込んでいる女に向けられるからに他ならない。じわりと移動し、今や少女と女の場所は男の射線上にある。

 やがて全員が離脱した事を確認すると、猫の少女は形のいい唇をへの字に曲げ、小さく溜息を吐いて言った。


「上手いもんにゃー、そんなもん持ってるなんて、もしかしてヤの付く人?」

「はは、まさか、ごく一般的な中小企業の社長ですよ」

「今時の社長さんは、拳銃くらいは持ってるものなのかにゃ?」

「最近の流行りです、若い子は知りませんか」


 エンジン音が聞こえ、合わせるように狼男のマスクをした男は銃を四発撃ちこみ、少女は全てをその棍棒で弾き飛ばした。

 横目でさらに迫る車を確認した少女は、容赦ない! と思わず叫びつつ、左手でへたり込んでいる女の腰を抱えて飛び退る。

 その機を逃さず、男がアクション俳優顔負けの機敏さで車に乗り込むと、車はホイールスピンを起こしながら急加速。

 遠ざかって行く車の明かりを見ながら、猫の少女は溜息を吐き、悔しそうに言った。


「うーん……完璧、逃げられたにゃあ」


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