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9章

今回説明的なことばかりです。

 姉の職業は普通の会社員である。

 俗に言えば、Office lady――略してOLというものだ。ここのところは引っ越し作業などで仕事に出られなかったらしいが、生活も安定してきて近頃ようやく朝早くにOLらしい制服で仕事に行くようになった。

 何をしているかというと何をしているのかはよく解らないが、当然ブラック企業でもないらしく、それでもってどんな理由があってOLさんが引越しを始めたのかも解らない。母も亡くなってしまったことによって家の舵を執れると考えたのか、自分勝手な口実を元にちょっと都会へ出てみたくなったのかもしれない。

 今は両親が残してくれた財産があるから平凡な日常を過ごすことができるが、後々お金の問題にもなってくる。そのためには姉の力が第一だった。母が亡くなってからの数か月間、こうやって生活してこれたことを姉に感謝する。OLだからと言ってそう稼ぎがよくないわけでもないらしいし、なんとか生活できるぐらいの金は手に入るらしい。(仕事のことだろうが)訳知らず引っ越してきてしまったが、新しい会社で家族のために頑張ってくれているのならそれでいい、と介は思っていた。別に前の学校に未練があるわけでもないし、今の生活がそれほど悪いわけでも――そんなはずはない。こっちへ来て嫌なことばかりだ。

 引っ越してきた初日、無事。次の日の朝、女体化。その日の午後、女物を服を知らないうちに着せられる。2日後、怜に事情がばれる。また次の日、ついには女言葉で話すことになる。そして元に戻れないまま転校成立、と共に無理やりな口調制限が介を襲う。どうしても女の身体を見なければいけないし、かといってそれが快楽かと言ったらそうでもなくて、気色悪さと心地の悪さを感じつつも元に戻る方法は分からない。筋力も低下して、思い通りの結果の出せないスポーツテストも乗り越えたが、介の気分が上々ではないに決まっている。何で俺がこんな仕打ちを受けなればいけない。俺が何をした? いいや、俺は何もしていない。最低でも女にならなければいけないような重い刑を受けるほど残酷なことはこの11年の人生の中ではしていないはずだ。通学路に偶々列を成していた蟻の行列を踏んでしまったことは記憶をたどれば見つかるかもしれないが、それで女にするのは神様も酷過ぎはしないか?

 神様……? そうか。姉が仏壇を置かないから仏様がお怒りになったのかもしれない。だが、仏様がそんなことするはずがない。同等の力を持つ基督(キリスト)でさえも、〈皆平等〉をモットーにしているのに、仏様が人類70億人のうちの1人の価値ある性別を無理やり変えさせるのは、神様としてどうかと思う。世界の開闢を悟った者が…………溜息が吐きたくなる。

 そんなものは存在しない。姉にも幼い頃から「幽霊やUFOは嘘」と諭されてきたのだ。この11年間にも一度たりとも遭遇しなかったのに、今頃になって現れるというのもおかしい。そう考えると、自分は……。どう見ても、どう触っても、女になっている身体を見て畏怖を感じた。

 っと、空気を換え、玄関で靴を履き、出て行こうとする姉を送り出す介なのである。

「姉ちゃん行ってらっしゃ~い」

「6時ごろには帰ってくるから」

 小学生のおかえり時間ぐらい早く帰ってくる姉に少し不安を覚える。そんな短時間の仕事で大丈夫なのだろうか。炊爨(すいさん)ぐらいは自分でもできるからもう1時間でも長く働いてくれ、と言うのだが、姉は弟を信じていないらしい。

『ったく、ご飯炊くくらい自分でできるのに』

 数分の間、それを念頭に置きながら介と千加も学校へ向かうのであった。


 ― ― ― ― 


女の姿になってから早1週間と両日ほどたった。もう女子の生活には、何となく慣れつつあった介。友達も徐々に増えてきて、それによって話す機会も増加し、口調を変えながら話す機会が増えたということになる。学校では常に口調を意識し続けなければいけないことから鬱になりかけていたが、慣れているのは多少事実。

 今日は組織とかも適当に決まってきて、そんでもっての班決めである。さてさて誰と一緒になるのか。介にとってみれば、誰が同じ班になろうが構わなかったが、唯一一緒になってほしいと願うとしたら怜だった。友達は着々とできてきたこの時期、仕方ない女口調だとしても、元より話しやすい人がそばにいてくれるほど好都合なことはなかったのだ。まぁ、あちら側から見れば不都合か?

 班長さんが前に立って自分の班の子を呼んでいくのだったが――。

 はっはっは。内心で無情な笑いをし続けるしか手段が見つからなかった。まさかな。同じ班にな。穂乃花がいるとは。良いのか、悪いのかだ。先生の話によるとこの班は一年間同じらしく、班行動する行事は一年を通してこの班に限るということだ。そんな時に常に近くに、この天才的な地獄耳とエトセトラ四感を持つ穂乃花がいるのであれば、男だとばれる日も遠くはないと考えてしまった。この前も目に物見せられたからな。あの視力は想像絶するものである。

 先を見通して、修学旅行ではどんな夜を過ごすこととなるのか……。心許ないと言うのか……。

「美咲、同じ班だね~」

 顔を寄せてくる穂乃花を煩わしく思うのか、嬉しく思うのか。怜の次の話しやすい相手が前の席にいてくれることはありがたいこと……かな? 可愛げに囁いたつもりが、呟きぐらいの大きさになっていた。

「かな?」

 やはり不安だ。


 ― ― ― ―


 なーぜか知らんのだが、この前のひょんな事件を境に介は学校の一隅で【学校一男らしい女】という名称で呼ばれるようになっていた。誰がそんなこと広めたんだよ。苛立つ心の一片を顔に露出させて教室に入った。周囲の視線が一点に集まったが、そんな様子に一瞥もせずに自分の席に着くころにはとある言葉を投げかけられるのだった――。

 そう甚だなことではないのだが、理由は3つある。

 1つ目――屋内運動クラブに入ったこと。運動って聞くだけで疑うのだろうな。女子が運動系……? とかいう感じに男子の中ではどよめいているはずだ。しかし実際屋内運動クラブに入る女子は少なくはない。比で言えば、4対6ぐらいの割合で女子の方が人数が多いのだ。たったそれだけのことで男らしいなんて仇名がつくようなことはまずありえない。言ってみれば、その大半きった女子共がみんな男らしいことになってしまう。人数も人数だから、そう疑われないわけだ。これはそうそう関与していないだろう、と思っていたが、おそらく2つ目の方が圧倒的に上位の説得力を持つ理由だ。

 2つ目――理科の時間に野外活動をした際にトカゲを触ってしまったこと。いや……これはついだった、と介は思い返した。この時間、植物の観察をするとか何とかで外へ出たのだ。春真っただ中の植物たちは皆生き生きとしていた。生物も数多といるであろう景色を眺めていた介はその時までは自分の性別のことを自覚していたのだ。

「美咲、これこれこれ」

 穂乃花が慌て急いだ声を上げた瞬間に介の女としての精神維持が欠如した。後ろを振り向く。そのに奴はいた。トカゲが。全く感情の分からない顔つきで校舎の壁にへばりついていたのだ。

「触れる?」なんて訊かれたものだから介の男としての感情が露になってしまったのだろうな。手を伸ばすや否やトカゲを摑んで「ほら」と啞然の表情を見せる女子たちに見せつける。男子勢も注目し、空気が張り詰めた。「トカゲぐらい普通に――」と言いかけた直後化に校舎の一角を悲鳴が襲った。

 授業終わりに考えてみれば、もう我に気づいていたころで、自分がやったことの意味をまだ理解できていなかった。トカゲを摑んだぐらいであれほどの悲鳴が飛び交うとは思っても満たなかったからだ。この世にトカゲを摑めない女子がいないはずがないし、男子すら驚かせる勇敢な行為がトカゲ摑みだなんて、この学校がどれほどお淑やかな教育をしているのか、とたった今思ったところだ。結果、それが男らしい行為らしい。あぁ、なんと純粋な女子たちなのだろうか。トカゲぐらい普通に……。

 3つ目が極め付けだ。

 3つ目――男子2人の件かを女子1人の声で止めたこと。こいつは介も自分で自覚していた。尤も、これしか理由がないと思っているほどだ。

 あれは忘れるはずもない――昨日の昼休みのことだ。怜と、洋平という奴が突如言い争いをし始めたのだ。後になって事情は分かったのだが、それはもう6年生にしても幼稚すぎて溜息を吐きたくなるようなことだ。怜の教科書が行方不明になり、犯人を洋平だと自分勝手に言い張った。やっていない、と反抗した果てが喧嘩につながったらしい。まったく、小6になって何をやっているのだか。怜は人に罪をなすりつける癖がある。悪く思う半面、もう喧嘩できる友達ができるほど友好の度がよいことが窺える。それなら女子とだって打ち解けろよ、ってずっと思ってきている介なのだが、怜にはそれが無理らしい。

 始まった喧嘩は止まる余地を示さなかった。最初の方は口喧嘩で、周囲の者たちの目は2人に向いているが、そんなことを心にも留めていない2人は考慮の2文字も失った頭で唇に命令し、言い合う。

「お前が隠したんだろぅ!」

「だから、さっきから言ってるじゃんか! 俺はやってないって」

「洋平はよくちょっかいかけてくるだろ!? 一番怪しいじゃねえか!」

「確かにそうだけど、今回はやってない!」

 2人の言い争いが次の段階に発展しそうになった頃だ。痺れを切らした男の介が出現したのだ。何をしたかったのか。翌日になってから悔やむのは遅すぎる話だ。

 男の意地があったのか、そんな喧嘩ほかっておけばよかったはずなのに、無意識的に止めに行ってしまった男の介が確実にいた。

 怜がついに手を上げて洋平に殴りかかろうとした。刹那――。

「いい加減にしとけよ」

 諫めるような口調で言い、介は殴りかかろうとした怜の腕を摑んでいた。自分の身体が女であることも忘れて。

 介の周囲を奇妙と言ってもいいほど緊迫した空気が流れ始めた。怜と洋平、そして現場にいたすべてに人々の目線が介の方に向いたのだ。『気のせいかもしれんが、今男子の喧嘩止めたよな、あの()』と皆同意の顔を見合わせていた。

 女子が男子の喧嘩を止める。それも一瞬で。ありえるだろうか。しかもこのお淑やか軍団の中で。介にしかできるはずがない。無論、男子の心を持ちし女子である介に、男子混じりなことをするのは容易なことに過ぎなかった。

 前の学校でも男子の喧嘩を止めたことは多々あった。怜よりも少し小さいながらも、怜より強い男と言われてきた男――介だ。メンタル面で言えば、強い男なのだが、今は我を忘れたような男らしい女の子にしか見えない。

 それが見ていた人すべての目に焼き付いて、現状につながっているわけだ。

 とある言葉――「美咲ちゃんって男っぽいよね」

 嬉しかった。正直、心底から感慨深い喜びを感じられたが、外心にそれを認めさせてはいけない、という抵抗が湧き上がる。第三者には罵っているようにか、からかっているようにも聞こえるだろうが大概の人は、あぁこの子はこういう子なのだな、と軽く受け流してしまうに違いない。女は女らしくしていればいいものを、世の中に溢れかえった人間の中には男っぽい性格の女もいるようだ。そのせいで介の思考基準とはずれてしまって、最終的には性別的に反発的な言葉が飛ぶのだ。

 あぁ、何と疎ましい世の中だろうか。目の前やその背後にいる奴ら全員を魑魅魍魎のようにも思いながら、後数日間その噂を耳に入れ続けた。別にいじめられているとは思わなかった。

 しかし、それらが介の内に潜む何らかの感情を揺るがした。 

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