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序章 

この話はフィクションです。


 今、車の窓から外を眺めている少年がいる。

 彼の名は「沖嶋介(おきしまかい)

 父、次に母と両親を失い、唯一の頼りとなる姉に育てられた彼は今、姉の事情のために引っ越しを行なっている。基本的には非現実的なことにはとらわれず、現実のみを見つめて生きている彼だが、引っ越し先であんなことが起きるなんて、知る由もなかった――。



 引っ越し先の家に着いた。介にとってみれば、どこからどう眺めても感銘を受けることのできるご立派な家であったが、姉が探しに探して見つけ出したお得な建築でもあった。車から妹の「千加(ちか)」、姉が降りてくる前に介は家の中へ駆け込んだ。その後、千加も車から降りて家の中へ入っていく。結局、姉が荷物は全部出す破目となる。近頃は引っ越しの手続きや荷物などの運び出しで疲れているというのに、それに加えて小6にして自分勝手な弟と小3にして幼稚な妹を持ったせいで哀れにも苦労人となってしまう。

「あいつら……」

 姉は大きく溜息を吐いた。

『スゲェ、でっけぇ!』と介の声が響いてきた。『おにいちゃん待って~!』と千加の声も聞こえてきて、どうやら追いかけまわっているように思える。楽しくやっている二人を止めることはできず、姉は根気よく引越し屋さんと一緒に家具を中へと運び入れた。

 車から家具やそれぞれの私物、中にはこれは不要なのではないだろうかと思えるもの多数が次々に家の中へと運び込まれる。それらが減っていくにつれて、姉の気も軽くなってきた。そんな時にようやくやんちゃな二人な外へ出て来て手伝う気になった様子を見せた。

「姉ちゃん、手伝うよ」

「あたしも」介に続けて千加も言った。

「遅いわよ!」

 姉は怒り混じりに怒鳴った。介も千加も表情が少し曇った。

「まったく……はい、これ運んで」

 姉の声もいつも通りになったので、介と千加の表情からも一瞬のうちに曇りは消え去り、元に戻るとせっせと荷物を運び始めた。やればできる2人なのにならないのが惜しいところだ。おかげでさらに気も軽くなり、姉はまた荷物を運び始めた。

 全部運び終えたことを引越し屋さんに伝えると、「それでは」と礼をして帰っていった。行ってしまった引越し屋さんのトラックを見ながら、姉は一段落ついたことに肩の荷を下ろし、また、ホッと小さな溜息を吐く。

「さてと」

 姉は軽く体を伸ばして外に別れを告げると、家に入っていった。



 時を同じくして介は2階へと駆け上がり、自分の部屋となるであろう部屋にいた。新鮮な木々の香りが部屋中に広がっていた。その中で介は壁に背中をつけて全体を見渡していた。ベランダから外を眺めれば、引っ越してきたばかりの町全体が一望できる。さらに目線を上げれば、遠方の山の上に輝く夕陽を一望することもできた。初めてきた町に方向感覚を失いかけていた介も少し慣れを覚えた。

「ここが俺の部屋になるのか」

 介は目線を後方へ流れさせ、ベッドに倒れた。お金の関係もあって買った小さなベッドは介の身長だとはみ出してしまうような大きさだが、寝心地だけは最高だ。気持ちいい……、とベッドに寝そべりながら、介は思った。天井は真っ白で少し寂しい気分だ。静けさに包まれて、力の抜ける体を起き上がらせようとした介が部屋の入り口のドアを見た頃、千加が入ってきた。

「ここがおにいちゃんの部屋~?」千加が訊いてきた。

「そうだよ。千加の部屋は?」

 介が訊くと、千加に手招きされた。ベッドから腹筋を使って起き上がり、介は千加に同行する。どうやら、隣の部屋のようだ。一見、隣室と同じような周囲を白い壁が巡った新築の香りを感じさせる普通の部屋だが、自分の部屋よりの若干大きいのは羨ましかった。妹思いだった介はそこは抑えておいた。

「大きいでしょ」

 かなり自慢げだった千加に介は頷いて返事した。

 一度千加の部屋全体を見渡し終えると、介は腕を頭の後ろに組んで呟いた。

「さてと、下行くか」

 もう時間は午後6時だった。

 そろそろ引っ越してきて初めてのご飯が食べられると待ち遠しい気分で介は階段を駆け下りた。千加もそれに続き、駆け下りる。ここで介の新たなる生活が始まる新築の概要が説明できるとしたら、階段を下りて左にはLDK、右には和室があるということだ。

 介がキッチンの方へ曲がると、ハンバーグのいい匂いがしてきて介の食欲をそそった。

「引っ越してきていきなりハンバーグか」

「まだできるまで時間かかるからちょっと待ってて」

 姉にそう言われ、介と千加は部屋を後にした。リビングを出て3歩ほどあるけばすぐ和室だ。入ってすぐ目前にはピッタリ仏壇がおけるような空間が見えた。その横にはまた段差がある。姉は仏壇は置かない趣味らしい。仏教が嫌いなのか、面倒なだけなのか、金がもったいないと思っているからなのか。前の家でもそうだったが、仏壇の横に小さな遺影を置くだけだった。

 実際には我が家にお金がないわけではないのだが、姉の性格が物を言っているために、買えるはずの仏壇やベッドも買わないのだ。正直、介も仏壇を見ると何か変な感覚にとらわれるのでいらないと思っているので、生物にだけ目を向けている姉の考えも間違ってはいないとタマに思う。……ベッドは? 俺は死人じゃねえよ、ってツッコみたくなる。

 和室に入って何をしようか、今から考え始めた。介はちょっとした違和感を感じる。和室のせいか。和室は日本を代表する造りだ。日本人なのに和室に違和感を感じるのは何故だろうか、と時々感じるが、今の日本は主に洋風の家も増えてきているからそう思えるだけだろう。この家も新築として、結構な近代感を出している。

 介が周囲を見回すと、ちょうど持ってきたいろいろな小物が入った箱が隅の方にあるのを見つけた。ちょっと遊んでやるか、と思考しながら介と千加は箱に近づいていった。介はその箱の中からメジャーを取り出した。なんとなく伸ばしては戻して、それを繰り返した。

「おにいちゃん。ちょっと貸して」

「え、はい」

 もっといじってってやろう、と好奇心に包まれてかけていた介も千加の言葉によって素直にそのメジャーを貸した。千加も同じようにいじった。いじり飽きると、また介に返した。と、介は和室の木柱が目に留まった。

「久しぶりに身長測ってみようかな」

 介はメジャーを足で踏んで、自分の身長を測った。

「千加、何センチ?」

 介は千加に聞いた。

「え~っと。143センチ」千加はメジャーのメモリを目を細めてみるなり言った。

「まだそんなもんか」

「おにいちゃん、6年生にしては小さいんじゃない?」

 千加は妙な推測をしながら、何気なく介の身長の場所に鉛筆で線を引いた。

「そんなことないだろ」

「あたしも測る~」

 千加は介のメジャーを奪い取った。

「おにいちゃん、踏んでて」

「はいはい」

 介は言われたとおり、足でメジャーの先を踏んだ。

「何センチ?」千加は言った。

 介は目を細めてメジャーのメモリをじっと見据えた。

「1、2、8センチぐらい」

 わざと間に間隔を取って言ってやった。

「ちょっと、おにいちゃん。ちゃんと言ってよ」

 解っているのにわざと腹を立てたのだろう、と介には解っていた。でも、それが面白くて笑ってしまっていた。千加の目線がこちらに向くと、介は気を取り直して言う。

「128センチ」

「やっぱり、年の割におにいちゃん小さいんじゃないの?」

「うっさい」

 小さく腹を立ててムスッとした表情を浮かべ、仕方なしに鉛筆で成長の記録を取ると、ちょうど「できたわよ~」と姉の声が聞こえてきたので、介は千加を手招きして台所へ向かった。美味しそうなハンバーグの匂い、それしか匂ってこなかった。引っ越して間もないにしては豪華だ、と介は思った。

 食卓に着くと、介は「いただきます」も言わないでハンバーグにフォークを刺した。礼儀というものを知らない近ごろの子供の一人であった介はそのまま刺したハンバーグを口の中へ入れた。続いて千加も同様、昔から介しか見ていなかったために瓜二つの食べ方をしていた。そして、姉は一味違い、礼儀正しく食事を始めた。

 食事中、姉は口を開いた。

「明日、近所の人に挨拶(あいさつ)に行くからね。早く起きるのよ」

「解ってるよ」

 介と千加は同時に答えた。介と千加が同時に言ったことから笑いが生まれた。



 食事が終われば、引っ越し先で初めてのお風呂に浸かり、あとはベッドに潜り込むだけだった。介は歯磨きをしながら、明日のことを思い描いた。近所の人たちへの挨拶なんて面倒なことだったが、初めて来た場所で姉の言うことに随わないわけにもいかなかった。学校にはどんな奴がいるのだろうか。可愛い女子は……そういうことは打ち消した。とにかく明日からまた新しい日々が始まるのだ。気を引き締めていこう、と介は志した。

 歯磨きを終え、2階へとそろそろと上がっていった介は自分の部屋に入り、そのままベッドに潜り込んだ。気持ち良さ抜群。癒しにも等しい快感を得た介は真っ白な寂しい天井の下で引っ越し後初めての静かなる眠りについた――。

~次作予告~

1章では、介が 転換します。

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