08.昇天
「――それで、どうするんだ?」
Side 龍哉
極苦処には80年程いた私だったが、刀輪処攻略にかかった時間は60年ほどだった。
と言うのも、やはり極苦処での経験が活きたようで、それぞれの段階を思ったよりも省略できたからだ。
それでも、初めて扱う武器の技術を鬼に勝てるまでに昇華させるのには、時間がかかったが。
その後も各地を回りつつ己を鍛えていたが、ある時、自分がいた八大地獄は、正確には八熱地獄と言い、その隣に八寒地獄なるものが存在しているらしいことを知った。
すごい熱いのとすごい寒いのと言う、まるで正反対のように見える地獄が隣り合っていて、ご近所付き合いとか大丈夫なんだろうかと思ったが、吽坊が言うにはほとんど問題はないらしい。
ただそうなったのもここ600年くらいの話で、それ以前は小さいいざこざが頻発していたようだ。
最終的に大きな争いが起きなかったのは、当時のエンマが二つをまとめ上げ、以降は牛頭馬頭兄弟が行き来しながら管理しているからだそうだ。
三人ともしっかり働いていたんだなぁ…。
…話が逸れたが、その八寒地獄には私も惹かれた。
何故なら私は、熱には強いが寒さには弱かったからだ。
そこで、ちょうど半分まできていた刑期の、残り500年を丸々そちらで過ごすことにした結果、寒さにもかなりの耐性を付けることができたのだが…。
ある日、地獄の技?獄卒流?みたいな、よく分かんないけど刀輪処の担当者が『獄卒奥義が一つ、獄炎』とか言いながら使っていたようなやつを、対戦したほとんどの獄卒達が使っていることに気が付いた。
若干羨ましくなって阿坊にそれを言ったら、『知らん。』とだけ返され、非常に落ち込んだ。振り仮名のことを根に持っているのだろうか。
みんなだけそういうの使っててずるい――…そう思った私は、結局自らの力でそれらの技を盗もうと努力したのだが、やはり“気”の類の使い方が分からず(と言うより人間に使えるのかも分からない。気の存在も分からない。)結局“どんな技だったか”だけを覚えて終わってしまった。
そう…終わってしまったのだ、刑期の1000年が。
こうなると、少し寂しくなる。
私は、地獄での生活をそれなりに楽しんでいた。
やっていたことと言えば鍛練だけだが、自分が強くなる喜びが感じられた。
地獄の数々の仕掛けや、獄卒達…それらを自らの肉体で以て乗り越えていくのは、ゲームやらで“主人公達が魔王を倒すために、敵を倒して少しずつ強くなっていく様子”によく似ていた。
正直、単体で魔王瞬殺できるくらいに強くなってしまった気もするが、問題ないと思いたい。
むしろ倒せないで欲しい。そうすれば、乗り越えるためにもっと強くなれる。
私は、自重しない。
…それはともかく、今はエンマ達三人と今後の事についての話し合いの最中だ。
どうやら私は長い時間黙りこくっていたようで、阿坊イライラ吽坊おろおろ、エンマは相変わらず無視されたことでいじけている。
「えーっと、何だっけ?」
「だから、普通地獄での刑期が終わった人間は、一旦人間以外の生物に転生して、自然界でその邪な魂を浄化するの!
だけどお前の場合は本来地獄に来なくてもよかった人間だし、積極的に地獄と関わったことで通常よりも遥かに綺麗な魂を持っているから、そのまま転生して新たな人生を歩むか、天界…所謂極楽やら天国やらへ行くかを選べるわけ!
…ったく、二度も説明させんなよ。」
「悪い悪い。んで…転生は記憶消されて赤子からだろ?」
「そうなるな。
まぁお前の魂は元々穢れてなかったんだが、そういう人間は、普通は冥界に来た時点でお前が通った門の反対側へ行って、転生するんだわ。
でもお前はそれをさらに磨いたことで、天界行きの権利を得たってこと。あそこはお前のように、相当魂が磨かれていないと入ることを許されないから、地獄送りにされた人間が直接天界入りなんて事例は滅多にないんだぞ。
つーか初めてじゃね?」
どうやら知らないうちに凄いことをしでかしてしまったようだ。
偉業達成って燃えるよな。
「確かに初めてじゃぞ。
天界へ送る人間は、冥界で儂が直接選んでいるから分かるんじゃ。」
お、エンマ復活した。
「俺凄ェな…まぁ何にせよ天界一択だろ。
そもそも現世にいたくないからこっちへ来た俺が、記憶も体も初期化される道なんて選ぶわけがないし、天界とやらにも行ってみたいし。」
「まぁそう言うだろうな、とは思ったよ。」
「そうでござるな。
では天界へ行く方法についてでござるが、まずは一旦冥界へ戻っていただき、二つの門とは別の場所にある第三の門へと行っていただきます。
道順については、某ら三人が同行するのでご心配なく。」
「普通は儂の部下にやらせるんじゃが、龍哉のことは自ら見送りたいからのう。」
「はいはいありがと。いつ行くの?」
これが本当の友情ってやつなのかな?正直まだよく分からん。
「冥界には一瞬で行けるし、今すぐにでも出発できるぞ。」
「そうかー…。んー、鍛練の締め括りに、冥界までは奈落を登って行くわ。
着いたら連絡するから、そしたら出発しよう。」
「いやお前、登るのに何年かかるんだよ…。」
「なるべく急ぐから待っとけって。
修行中だって100年以上会わないこととかあったじゃん。」
「まぁ…いいけどな…。」
「じゃ、決定で!頑張るぞォ!」
……。
その後僕たちはしばらくの間談笑して、彼らは仕事へ、僕は奈落へと、それぞれの道に進んで行きました――
Side out
Side エンマ
「次………。次………。」
今日も今日とて、死んだ者達を二つの道へと振り分ける仕事をしておるエンマじゃ。
行き場をなくした魂で埋め尽くされ、混沌とした冥界を見て、誰もやらないなら儂がやってやる!――と思ってやり始めたはいいものの、最初の頃は本当に大変じゃった。
今のように、部下もいなかったからのう。
地獄の方もかなり混雑しておったが、牛頭馬頭兄弟を見つけて獄卒の管理職にしたのは当たりじゃったな。
区画整理をしてそれぞれに担当者も据えて、冥界から小地獄へ行くまでの流れをスムーズにしてくれた。
おかげで下の混雑を気にすることなく送れるようになったわい。
ま、獄卒の人員不足はまだ解消されていないみたいじゃがの。
「…にしても、龍哉が奈落を登り始めてから、今日で50年か。
ちょうど、上から下へ行くのにかかる年月が過ぎたことになるのう…。」
奈落を登るなんて、儂でも骨が折れる。
進んでやろうとは思わんのう。
果たしていつまでかかるんじゃろうなぁ…。
Side out
Side 龍哉
「とうちゃああぁぁく!!!」
遂に奈落を登りきることができた。
もンの凄く長かったが、何とかなってよかった。
ずーっと力を入れてなければならないから、正直途中で後悔したこともあったが…諦める、などと言う選択肢はなかった。
なぜなら、カッコ悪いからだ!
…ま、それはともかく、エンマのとこ行きましょか。
もちろん、以前来た時のように、“何故かエンマがいる方へ行かなければならないような気になってしまう”ようなこともない。
まぁ、そのエンマに用があって、現在進行形でそちらへ向かっている、俺が言うことじゃあない気もするが。
門番も「登ってくる馬鹿がいたら通してやれ」とでも言ってあったのか、すんなりと通してくれた。
「エンマちーす。」
「…えっ、もう?
さっき『まだまだかかるじゃろうなあ』とか思ってたばっかりなんじゃが。
えっ、50年で登ったの?」
「ほお、来た時と同じ時間かい。
こりゃあ俺も凄くなったもんだな。」
「いや、凄すぎじゃろ…。
まぁなんにせよ、無事に着いてよかった。お疲れ様じゃ。
今兄弟を呼ぶからのう。」
「あいよー。」
大人しく待ってまーす。
……。
「おーっす、早かったなぁ。
つかお前凄ェなぁ。」
「二人とも、おひさ☆
まぁ1000年間頑張って鍛えてたら、お前らもできるようになるって。」
こいつら鬼だし、できるようになるよね…?
「いや無理でござるよ。肉体にも成長の限界と言うものがあるでござるからな。
むしろ、人の身である龍哉殿が何故そこまで成長できるのか、不思議でたまらないのでござるが…。」
「あぁ…それは俺も疑問に思ってた。
まぁこんなに長く鍛えた人間の例を知らないから、もしかしたら可能なのかもしれないけど、それでもこの強度は人体の範疇を逸脱してる気がするわ。」
明らかにオーバーキル気味の攻撃やら熱やらに耐えられるんだもんな…。
ん?…獄卒連中は、限界があるのに地獄という過酷な環境下でも随分と余裕があるようだったな…あの耐久性は種族デフォなのか!?ズルイ!
「でもま、強くなれるんだからいっか。」
「そうじゃな。
さて、そろそろ出発するかの。」
「あいよー。」
………。
……。
「いやー、どこまで行っても暗いねー。」
ホント、真っ暗だ。
見える範囲には、もう僕達以外には誰もいない。
そして、光はないのに相手の姿は見える不思議現象。
「そうじゃな。
だから儂らが一緒に向かっているんじゃよ。
迷っても目印等はないからのう。」
「死人に死は無ぇから、運が悪けりゃ永遠に彷徨うことになるぜ。」
「まぁそもそも、大王の許可がなければ冥界を自由に歩くことすらできない故、何ら問題はないでござるが。」
「“何故かエンマのところへ向かわなければならないような気がする”現象かぁ。」
不思議現象その2だね!
「そうじゃな。
儂の方に来させるために、人間の魂には暗示がかかっておるんじゃよ。
門をくぐり、現世へと戻る過程でな。
死んだらその暗示が発動し、儂と話すと解除されるわけじゃ。」
「なるほど、そして各門へと向かうことができるわけだね。
その短い間だけ自由に行動できるみたいだけど、前に聞いたエンマの話だと、ココに来た人間は自我がすぐには目覚めないらしいね。
現世行きはともかくとして、地獄行きの人でも逆らったりはしないってことか。
…即、目覚めた僕は何なのよ…。」
「その通りだ。やはりお前は賢いな。
龍哉の目覚めの件についてだが、正直俺達にもよく分かんねぇ。
成長限界のことも含めて、どうやら龍哉は何か特別な人間らしいな。」
「まぁそういったことができるのは、神くらいじゃろ。
天界におれば、そのうち原因に会うことがあるかも知れんな。」
鬼やらなんやらより、神の方が能力的な意味で格上なのかな、やっぱり。
「ん?神と一緒に住むの?」
「ある意味では、な。
向こうに着けば案内がいるから、そいつが詳しく教えてくれるだろ。」
「ふぅン…。
神って、強いかな。」
「某らは直接的な攻撃が主でござるが、彼らはいわゆる魔法のような遠距離攻撃が多いでござる。
まぁ強さはあまり知らぬが、どちらが強いかと言えば、彼らでござろうな。」
魔法かぁ…いいなぁ。覚えたいなぁ。
広域殲滅魔法とか…うへへ。
「なァに気持ち悪い顔で涎垂らしてんだよ。
ほら、そろそろ着くぞ。」
いつの間にか目的地に近いところまで来ていたようだ。
前方を見ると、そこには紫色に光る、魔法陣と思しきものがあった。
「あれに乗ると自動的に天界まで転送されるようになっておる。
冥界よりも上にあるから、落ちていくとかは無理じゃしの。」
「いやぁ、ここに来るのが目的ってわけじゃなかったけども、死んでから1100年間…長かったねぇ。」
「あまり一緒には居られなかったが、龍哉殿と過ごす日々は楽しかったでござるよ。」
「そうだな吽坊…って、何今生の別れみたいな台詞吐いてんだよ。
俺達だって天界には行けるだろうが。」
「鬼が磨かれた魂…あるの?」
「馬鹿にすんな!
俺達の魂だって、それはそれは美しく磨かれてるんだよ!」
「兄者…嘘はよくないでござる。
大王も含め某らは役職上の関係で神とも会ったりしなければならないので、定期的に天界へは行っているのでござるよ。」
「だよな。吽坊はともかく、阿坊の魂が美しいはずないもんな…。」
「ぐっ……まぁ俺達にも仕事があるからたまにしか行けねぇけど、そっち行った時はお前のとこにも顔出すよ。」
「その時は儂も行くから、一声掛けてくれ。」
「承知したでござるよ。」
「よし、んじゃーそろそろ行くかな。
まぁお前らは中々いい奴だ。少なくとも現世であった人間共よりは。
会えてよかった…かな?よく分かんねえけど、ともかく世話になったな、ありがとう。」
「某も、龍哉殿と会えてよかったでござるよ。」
「あぁ、面白い奴だしな。
それを考えると、アホなことしたエンマさんにも感謝か?」
「龍坊にも許してもらったんじゃから、もうそれは言わんでくれ…。」
「いや、たまに言っとかないと、そのうちまた同じことやらかしそうだから。
こいつが特殊なだけで、普通の人は怒るから。」
「まぁまぁ、魂の件での腹いせにエンマいじめんのはやめとけって。
俺は怒らないどころか、むしろ感謝してんだからよ。
現世行きにされたら恨んでたぜ。」
「龍哉殿は、現世では色々と辛い思いをしていたようでござるからなぁ。
天界に行けば、人間界でのイメージ通り、それなりにいい暮らしができるでござる。」
「そうか。んじゃま、期待しておくかな。
そうしたらば…えーと、魔法陣に入ればいいんだよな?」
「うむ、そうじゃ。向こうでも元気でな。」
「あぁ、お前たちも達者で暮らせよ。」
そう言いながら、陣の内側へと足を進める。
中心辺りに来たところで、陣の輝きが一層強くなった。
体が少し浮かんでいる気がする。
「じゃあなー龍哉。」「また、でござるよ。」「またのう、龍坊。」
「またな、三人とも。」
次の瞬間、目の前が光に包まれた。
あまりの眩しさに思わず目を瞑ってしまい、視力に影響はないんだろうか…などと考えてしまった俺は悪くないと思う。
そして浮遊感が一気に強くなった!…と思ったら、なくなった。
目を閉じていても辺りが明るければそれが分かるが、その明かりもいくらか弱まったようだ。
着いたのか、と思い目を開けてみると…。
「眩しいぞう…。」
現世でも“晴れの日の昼間、外に出た時に感じるくらいの光”には弱かった俺だが、地獄や冥界で過ごすうちにそれが悪化したのか…?
少し遠くに街のようなものを確認することはできたが、すぐにまた目を閉じてしまった。
……。
あれからどのくらいの時が経っただろうか。
10秒、20秒…もしかしたら1分かもしれない。
そんな悠久とも思える時を過ごし、俺はようやく瞼を額へと向かって動かした。
「こんにちは。」
目を開けるとそこには、一人の男がいた。




