03.牛頭馬頭兄弟登場!
「――突然ですがみなさん、僕は今、墜ちています。」
落ちていく男を放って、時は若干遡る――
Side 男
遠くにおっさんと扉を確認すると、後は容易に予測できた。
なるほど、あれは閻魔だろう。そしてあっちは、天地それぞれの国へ通じる門だろう…どっちがどっちかは知らんがな。
もしかしたら、地獄と現世かも知れないな。
あそこに向かった霊魂は、閻魔の裁定によって振り分けられるのだろう。
現世行きだけは勘弁だ。
そこまで考えて、ふいに自分もそこに行かねばならないことを感じた。
変な脇道へそれたりすることがないように、精神に直接干渉でもしているのかね。
「ま、他に当てもないし行ってみますか。」
……。
しばらく進むと、やはりというかなんというか、川が見えてきた。
「これが彼の有名な三途の川ね。
しかもご丁寧に賽の河原までありやがらァ。」
河原を見ると、通行の邪魔だからなのか子供たちはいないものの、鬼らしき者達が徘徊しているのが確認できた。
別段用はないため、今は他の魂魄と共に舟へと乗り込み、川を渡った。
さらに歩いて目標の場所に近づいてくると、おっさんの手元にはノートのようなものがあるのが見えた。
なるほど、あれが音に聞く閻魔の台帳ですか…。
恐らくは死因や、罪の内容などが書かれているのでしょう。
そして判断が微妙なものは、多分隣に置いてある水晶のようなもので、過去を覗くなりして確認するのでしょうね。
果たして私はどちらへ向かうことになるのか…。
罪を犯したことなどありませんが、“親より早く死ぬのは悪いことだ”などと、言われることもあるようですし、どうなるか分かりませんね。
「それより、自分の番まではまだ時間がありそうですね。暇だなァ。」
とりあえずすることもないので、ボーっとしたりホゲーっとしたりしつつ、順番がまわってくるのを待っていると、ようやくあと一人のところまできたほげ。
家族以外の者と話すのは久しぶりだな…。
「次ィ。」
Side out
Side たぶん閻魔
「次ィ。」
む?こいつ、身体の適応力が尋常じゃあないのう。
もう五感がハッキリしとるようじゃわい。
「ちゃおー。どちらさん?」
「儂はエンマじゃ。坊主の国なら話くらいは聞いたことがあるじゃろう。」
「やはり閻王か。主食は?」
「酒のツマミじゃな。さて、坊主の行先じゃが……ん?自ら命を経ち、親どころか祖父や祖母よりも先に逝っておるな。」
近頃は安易に死んでしまう者が後を絶たんな。
こういう輩には何かしらの罰を与えると決めておる。
「うん。飽きたからね。」
「なんとも軽率な…。坊主のような奴がおると、先ほどの病弱な女子のような人間が不憫で仕方ないのう。」
こういう命を粗末にするクズ共は、重い罰を受けりゃあいいんじゃ。
「あぁ、なるほどね。可哀相だよね、そういう子も。」
「…坊主は地獄行きじゃ。喜べ、期間は通常の10倍の1000年にしてやったぞ。左の門へ進めぃ。」
「そうかィ。んじゃな、おっさん。」
Side out
Side 男
エンマと別れて門へ向かうと、門番っぽいのがおりました。
話しかけた途端に、門の中へ放り込まれたと思ったら、実際は門の中の穴の中へ放り込まれていました。
それからは、もう随分と長い時間落ち続けています。
10年くらい経ったんじゃあないでしょうか。
現世ではなかなか味わえない「落下」の感覚ですが、これだけ長いといい加減飽きてきて、死んだ時のように気分が高揚することもなく、退屈な日々を過ごしています。
恐らくこのつまらない日々も、刑罰の一つなんでしょうね。
ともかく、現世行きを免れたのは良かったです。
ここの世界へ来てからと言うもの、空腹や睡魔に襲われることはありませんでした。
まぁそんなことだろうとは思っていましたけどね。
しかし五感は機能しているため、痛みなどは感じることでしょう。
ちなみに眠くなくても、寝ることはできました。
落ちている間にこれからのことを考えた結果、更に自身を鍛えることを決めました。
と言うより、今のように地獄行きの状況になることも、一応予測してはいたんですよね。
結局のところ、こうなった僕の道は二つです。
このまま“あの世”に居続けるか、記憶を残したまま現世とは別の世界へ転生する。
通常(記憶が消えるタイプ)の転生をするのはやっぱりだめですね。
せっかく地獄に行くんだから、その経験を忘れないでおきたいです。
そして重要なのは、来世の自分を苦しめないこと。
前にも言ったような気がしますが、真っ新になって元の世界へ転生しても、僕の“根源”の部分が変わらなかった場合は悲しい思いをするのが目に見えています。
なので、前述の道のどちらかしかないんですよ。
そこで、どちらを選ぶにしても鍛えておいた方が何かと得だと思い、それを決めました。
死んだと思ったら目の前に神が現れ一発強化…のような夢が広がる展開がなかったのは残念ですが、永遠とも思える時間があるんですから、自分で強くなってしまいましょう。
一度も助けてくれなかった神に、今更縋ろうとは思いませんしね。
そう決めはしたものの、落下している状態の今、体を鍛える手段がイマイチ思い浮かびませんでした。
そこでとりあえず落ちている間は、精神統一でもして内面の強化に努めることにしましたとさ。
……。
エンマと別れてから50年後――
「ひゃっふう。わたしは いま かぜに なっている。」
棒読みじゃいまいちノリませんね。
さて、あれからさらに長い時が経ち、ようやく底が見えてきました。
ここまでくると、下から変なにおいが漂ってきたりします。
「…あれ?これこのまま叩きつけられるの?
うわぁ…前に来た人の“中身”が残ってて、自分のと混ざったりしたらやだなぁ。」
…掃除してあることを祈りつつ、着地に備えてだらだらしていると、地面が近づいてきました。
現世では知ることのできなかった脳が潰れる瞬間も、この体なら味わえるはずです。
アドレナリンも今回は謙虚になっていて、しっかりと痛みも感じられそうですね。
さて、そろそろのようですね。
ここで“死ぬほどの痛み”に慣れておくとしましょうか。
知識欲が疼きますねェ…。
そんなことを考えていると、
やがて地面が眼前に迫り、
僕はグシャリと音を立てながら、
落ちてきた水滴が飛散するかのように――体の至る所をぶちまけた。
……。
「ふぅ…痛かった。」
本当に痛かった。
いつの間にか体は元通りになっていたものの、落下の衝撃からくる痛みは残っていたんだよ。
戻った瞬間に激痛が走って、また死ぬんじゃないかとさえ思ったもの。少しだけね。
まぁ、一応地面が綺麗だったのには安心したが。
ん?誰かが近づいてきたようだ。
「「我らは牛頭馬頭兄弟である!」」
「うん。」
牛人間と馬人間。見たまんまだな。
「俺は獄卒長をやってる、阿坊っつーモンだ。」
「某の名は吽坊。副長でござる。」
「ふゥん…あ、こんにちは。」
「本来なら罪人一人の為に俺達が来ることはないんだが、何分人手不足でな。」
地獄も不景気なのかね。
沙汰は金で解決できるのかしら。
挨拶も碌に返せないほどストレスが溜まっているとみた。
「大変だね。頑張ってちょ。」
「ありがとうよ。でも俺たちが頑張ると、その分罪人であるお前たちが辛い思いをすることになるんだぜ?
何をしたのかは知らんが、手前は1000年もここにいなきゃいけねえみたいじゃねえか。」
「まぁなんでもいいよ。」
心身を鍛えるのにはもってこいでしょ。
「…そうかい。じゃあたっぷりしごいてやるから、自分の罪を悔い改めるんだな!」
さて、こちらも頑張りますか。