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天国と地獄と一人の男(仮)  作者: 末広 ガリ
プロローグのプロローグ
2/20

01.プロローグ

一言でまとめると、「あるところに不幸っぽい男がいました」という話です。

男の生い立ちの説明回ですね。

――カチッ……カチッ……。


静寂とした部屋に、マウスが音源のクリック音が響く。


「あー…自分もこんな風になれたらなぁ。」


そこにあるベッドには、枕やらクッションやらが積み上げられ、それを背もたれにして時折一人の男が呟く。


「俺の“非日常”はどこですかー?」




【非日常】

――日常的ではないこと。当たり前ではないこと。また、そのさま。





彼はひどく飽いていた。






………。


……。




普通の両親を持つ、普通の女と、多少裕福な家庭に生まれた、少しダメな男。

そんな男女が出会い、親しくなり、やがて女は子を孕んだ。

そうして彼らは結婚し、一人の赤子が生まれるのである。

彼らは何か特別なことをしたわけではなく、多くの人間と同じように、出会い、結ばれたのだ。

その時に生まれた赤子が、この物語の主人公である。




幼少期の彼は、比較的賢い子であった。

ある程度物の分別はつくし、他人の気持ちも、子供なりに察することができた。

本が好きだった彼は、寝る前に母が読み聞かせてくれるのを嬉しく思っていた。

彼は特に悲しい話、可哀相な話に心を動かされた。

優しい彼は、同じ本を何度聞いても泣いていた。



ある日、通っている保育園で一人の子供が彼を故意に傷つけた。

それを知った保育士は二人を呼び、彼に「相手の子供を殴り返せ」と言ったのである。

保育士の考えでは、“やったらやり返される”と言うことを相手の子供に学ばせることができるし、彼にも“強い心”を持って欲しかった。

しかし彼にとっては、状況がどうであれ“人を殴る”と言う行為が、とても悪いことに思えたし、そうでなくても、人を傷つけることは苦手だった。

そもそもやり返したいなどとは考えていなかったし、傷つけられたことなど既にどうでもよかった。

それを言われたから、許可されたからと言って、やろうとは思わなかった。

故に彼は、断ったのである。

「殴ってみなさい」「やだ」

…このやり取りが何度か続いた後、遂に彼は泣き出してしまった。

そこで保育士は諦めたのだが、この一件で彼は、“優しすぎる子”と親や保育士に認識されることとなった。

成長するにつれこの出来事を彼は忘れていったが、ある日母にこのことを聞き、思い出した。

しかし彼自身が思い返しても、この時の彼の行動は(自分の性格をよく把握していた故に)自分らしいと思えたし、また同時に誇らしいとも思えた。




彼が5歳になる年、弟が生まれることがわかった。

その頃の彼は、よく父方の祖父母の家に預けられていて、父親は仕事に行き、母親は少しの仕事や遊びに出掛けていた。

母親が仕事をあまりしなかったのは、「俺が稼ぐから働かなくていい」と夫に言われたからである。

それはともかく、その祖父母のことが彼は好きでも嫌いでもなかった。

そもそも家族愛のような感情は、彼にはあまりなかったのである。

あえて言うならば、「赤の他人よりは好き」といったところだ。



弟が生まれて少しした頃から、両親の仲は段々と悪くなっていった。

怒った母が、父を力いっぱい引き摺る程度の暴力を振るっているのを、彼は黙って見ていた。

もちろんそれなりの理由はあったが、子供の彼には、なぜそうなったかはまだ分からなかったし、成長した今でも、知らないままだ。

ただ当時は、“父親が悪い”という程度は、分かっていたようである。

それでも彼は、そんな二人の姿を見るのは当然好ましく思っていなかった。

父がそういう風に扱われることを、かわいそうだと思ったのだ。

それに、食事中にやられるとご飯がこぼれることや、怒鳴り声が煩いのも嫌だった。

しかしほとんど父と話さなかった彼は、母親の方が好きだった。

だから母がやりたいようにやらせたかったし、そもそも言うほど興味はなかった。

ただ、その光景を見ていた彼は、なんとなく悲しい気持ちになった。



彼が小学校へ上がり、弟も保育園へと通い始めた。

彼は相変わらず賢く、勉強などは簡単にできたし、運動の成績もよかった。

文武両道に長けていたのだ。

家族や周りの大人たちは、既に彼に期待を寄せていた。

彼の家系は特に勉学に長けた人物が少なく、いわゆる職人が多かった。

両親も高校卒業しているとは言え底辺レベルだったし、「トンビが鷹を産んだ」などと、よく言われたものである。



人見知りをしがちだった彼だが、保育園の時の知り合いもいたし、他の子供たちとはそれなりに馴染むことができた。

とは言え、彼は気付いてはいなかったが常に周りに線を引いていたし、本当の意味での友人は一人もいなかった。

だから放課後にみんなで遊ぶようなことは少なかったし、彼もまたそれを当然だと思っていた。

もちろん遊ぶ時は友人として接していたし、みんなとの仲は悪くはなかった。



四年生になった頃、彼はようやく自分と他の者達との違いに気付き始めた。

そして、友達が欲しいと思うようになった。

それからの彼は以前よりみんなと遊ぶようになり、“クラスメイト”ではなく“友人”と思えるような人間も何人かできたと思った。

ただ、何かが違う気がしていた。


五年生になり、彼はまた周りに疑問を持つようになった。

と言うのも、友人だと思っていた人間に、裏切られることが多くなってきたからである。

いわゆる“いじめ”にはならなかったが、なぜか彼には友人などできていなかった。

昨日裏切った人間が、今日は友達のように接してくる…ということもよくあった。

そして相変わらず優しすぎた彼は、それを受け入れ、また裏切られる…そんなことの繰り返しが、続いていた。

しかし彼はそのこと自体では、それほど悲しくはならなかった。

むしろ、そういったことをしてしまうクラスメイト達の心を思って悲しんでいた。



家庭では両親の仲が以前よりも悪くなり、夫婦の会話というものは段々となくなっていった。

が、なぜかそのタイミングで、(もちろん母は同意していたが)父の憧れていた一軒家を買った。

そして、弟の友人の家族がよく家に遊びにくるようになった。

そこで彼は、“自分の両親の不仲は普通の事ではない”と再認識したが、結局そこに特別な感情は抱かなかった。

しかし彼は、そこで抱くべき感情について知っていたし、そういう一般的な反応ができない自分が、ひどく悲しく思えた。

自分の感情が希薄なのではないか、と思い出したのも、この頃である。



中学へ入っても、彼は相変わらず優秀だった。

勉強の方は、塾などに通わなくても(一学年二百人弱程度の)学校では一番の成績だったし、スポーツだってできた。

彼は人間の感情について理解していたし、自分を妬む輩が必ず出てくると思ったが、特に自重はしなかった。

周りの人間の期待などに興味はなかったし、妬みにも興味はなかった。

…そうして、何事もなく一年が過ぎていった。



二年生になり、自分の感情の希薄さを思い悩んだ彼は、“何かに熱中してみたい”と思うようになった。

基本的に何でもできる彼は、自分にとってあまり起伏のない人生をつまらなく感じていた。

そして彼は、次第に“非日常”を望むようになっていくのである。

しかし、実は“起伏がない”というのは彼の思い違いで、“伏”はしっかりとあった。

この時点では、度重なる友人の裏切りや両親の不和、それに自分の性格や感情についての悩みなどだが、そういったもののストレスは徐々に彼の心を蝕んでいった。



ところで彼は、自分の優秀さについてはもちろん理解していたし、それを鼻にかけたりはしなかったが、同時に一人の力の限界も感じていた。

ネットやテレビや自分の眼を通して見る、この国や社会、世界などといったものの理不尽さが、彼には我慢できなかった。

しかし彼にとっては問題が大き過ぎ、多過ぎた。

彼が出したのは“仲間と一緒にやる”といった、正解と言える解答だったが、あいにくこの時点の彼は他人を信用はしても、信頼はできなかった。

自分がそうなった原因を考えると、それは今までの人間関係だと思えた。

彼は本当に一切悪くなかったし、そのことを彼も分かっていた。

中学に入ってからも、なぜか人がくっついたり離れたりしていくことは認識していた彼だったが、同時にもう手遅れのようにも感じた。

結局、彼に新たな悩みが増えて、この問題は終わったし、ある意味では続いていくこととなった。



二年生の半ばまでくると、彼は生徒会長になっていた。

これは、誰も立候補者がいないことを予想した教師陣が、それを当時の学級委員から出すことにし、委員会の会議で彼を推薦したところ、彼以外の委員たちも彼を推し始め、結局彼がそれを断れなかったことによるものだった。

簡単に言うと“生贄”である。

教師たちは真面目で優秀な人間にやって欲しかったし、生徒たちはやりたくなかった。

どちらも彼の性格をそれなりに知っていたし、断れないであろうことを予想して行った結果である。

彼は相変わらず、どうでもいいと感じていたが、そうなった以上はしっかりとやることにした。

スピーチなどの原稿は(入学式での挨拶等のそれなりな大舞台ですら)丸暗記して、みんなの顔を見ながら話せるようにしたし、その他の活動も真面目にこなしていくのだった。

この件で目立つ立場になったことから、彼の予想していた“他人からの妬み”が表に出てくるようになった。

学年を問わず、幾人かの生徒たちから嫌がらせをされるようになったのである。

しかし“いじめ”と言うほどではなかったし、その行為自体は嫌だったが、彼にとっては数ある悩みのうちの一つに過ぎなかった。

彼は独りだったが、今更その程度で折れる人間ではないと自分を認識していたことで、ある程度心を強く持つことができたのである。

よって彼はこれを放置し、時が経つにつれて自然となくなっていった。

ただ、“真面目な人間がクズによって被害を受ける”という理不尽さは、彼の心を曇らせたままだったが。



三年生になり、ある事件が起きた。

彼には中学でそれなりに仲の良かった女の子がいたのだが、彼女の恋人が「彼女と話すのをやめろ」としつこく迫ってきたのだ。

正直彼はそれでも別によかったし、くだらない問題に巻き込まれたくはなかった。

しかし、彼女は違った。

そのような状況になる前から、彼女は恋人の独占欲の強さに悩んでいて、そういった問題を彼に相談していたのだ。

そのことからも分かるように、彼女は彼をそれなりに気に入っていたし、故に恋人の主張は受け入れられなかった。

それでも彼女は恋人に愛されているという状況をやめたくはなかったし、結局不完全燃焼なままこの問題は続いていくこととなった。

それが後に更なる事件を引き起こすのであったが、それは後述することにする。



そうして様々な悩みを抱えたまま中学を卒業していくのだが、彼にとってはほぼ悪いことしかなかった中学時代にも、幾分のいいことはあった。

彼はクラスメイトに勉強をよく教えていたのだが、これはそのことからくるものだ。

ほとんどの人間は“それが当然だ”とでも思っていたのか、感謝の言葉一つなかったのだが、彼もそれについてはどうでもよくなっていた。

そうして卒業に差し掛かった時、教えていた一人が“彼のおかげで今の僕がある”と言っていたのを人伝に聞くことができて、それを聞いた時彼は非常に嬉しくなったのだった。

同時に今まで何とも思わなかった、“感謝すらしない他の人間”に若干の怒りが湧いたのはご愛嬌である。



さて、いよいよ高校生になった彼だったが、新学期早々問題が起きた。

例の“独占欲が強い男”の友人が、男とタイマンで勝負をしろと持ちかけてきたのである。

彼は“俺に「彼女と話すな」と言うなら、彼女に「俺と話すな」と言えばいい”と思っていたし、それを彼女の恋人にいったこともあったが、結局無駄だったようだ。

…しかし、正直卒業したら彼女との接点もなくなるんだから、もう時期的にも滅茶苦茶である。

ただその男の友人とやらが、今までに何度も彼を裏切った人間だということが気になった。

「大方、俺が伸されることを期待して、嗾けてきたんだろうな…。」

それが、彼の見解だった。

そして相手方の勢いのまま、断り切れなかった彼は喧嘩をすることとなってしまった。

結論から言うと、彼は余裕で勝った。

初めて殴り合いなんてものをしたが、彼には勝てるだけの能力があった。

故に、順当に、彼は勝ったのだった。

しかし、得るものは何一つなかった。

強いて言うなら、“喧嘩をした経験”だけである。



高校に入っても、彼は相変わらず、燃えなかった。

家庭の方も酷くなっていて、両親は家庭内別居状態だった。

実は彼が中学三年生の時に、父親が2年程働いていなかったことが判明した。

給料は借金をして持ってきていたようだった。

そのことが分かってからも、父はほどんど働かなかった。

むしろ、特に彼の財布から金を抜き取るようになっていた。

父の仕業だと予想した彼が聞くと、悪びれもせずに「そうだ」と答えた。

しかしそれすら、彼にとってはどうでもよかった。

彼は父の事を可哀相だと思っていたし、金に頓着しない人間でもあった。

そして、父の代わりに母が働くようになった。

彼も高校に入り、バイトを始めた。

学校に限らずどこの世界でも、先輩面した人間は彼にとって鬱陶しかったが、これは本当にどこも同じことだと思うことにして、精力的に働いた。

家の住民税やらなんやらを、彼の稼いだお金で支払った。

ある日、父方の祖父母が家へ来た。父を働かせる為だった。

彼が、手にした金を家のために使っていることを知った祖父母は、それが当たり前のことのように何も言わなかった。

この時彼は違和感を覚えた。

何故なら彼にとって、“子供が親を助ける”のは当たり前の事ではなかったからだ。

そうするのは、“相手に恩を感じている者だけでよい”と言う認識だった。

彼の中では、親は産んだ責任があるが、子供は親に対して何の責任も負っていないはずだった。

この世界に自分を生み落した両親や、それを産んだ祖父母、さらにその先祖までもを、彼は恨みたかった。



一時期彼は、何のために自分が生きているのか分からなかった。

最終的に彼が出した結論は、“念の為”であった。

正直に言って彼はもう死にたかった――と言うより消えたかった――が、

「もしかしたら、数秒後にいきなり目の前に5億円ほど積まれてるかも知れない」

「もしかしたら、明日目が覚めたら魔法が使えるようになってるかも知れない」

などと考え、生きていた。

要するに、現実的にはまずあり得ないような希望に縋って、ある意味非常にポジティブに生きていたのである。

しかし、彼には自分にあった“ストレスの発散”の方法が分からず、様々な要因によって齎されるソレは、彼の心に大量に蓄積していた。

そしてここへきて、彼の心はようやく折れたのだった。

高校二年の夏、彼は学校を辞めた。

仕事は続けたものの、それからの彼は非日常を求めつつ、自堕落な生活を送っていくのであった。


長ったらしくて済みません。

ずっと虐められていたとか、親に捨てられたとか、そういったあまりにもありがちな話にはしたくなかったのと、プロット上の理由とでこうなってしまいました。

シリアス的な話は好きではないので、今後はほとんど出てこない予定です。

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